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2006年2月 5日 (日)

ニュージーランドの思い出(2) 

現地ウェリントンの小学校生活は、一番のびのびとしていたかもしれません。

授業は机に向かって先生の話をひたすら聞き、などと言った光景はあまり記憶になく、よく地べた(じゅうたんがありましたが)に座ってみんなが「I know, I know!」といっせいに先生の質問に手を上げていたことが思い出されます。

恥ずかしがって発言しない、ということはなかったようです。

私も友達何人かと簡単な演劇を考え出し、授業中に「先生、劇をやってもいいですか」と聞いたら「よし、じゃ今発表してもらおうか」と机と椅子を全部押しやり、いきなり劇を披露したこともあります。

いい天気がしばらく続くと、「明日は隣の公園へバーベキューしに行こう」との先生の決定で授業は全くなくなり、みんなでぶよぶよの太いソーセージや野菜やらを持って、隣接した自然公園に出かけたり。
きれいな川が流れていて、その近くで食べたあとに裸足になって浅い川の中を歩き回るんですが、石ころが痛くてなかなかみんなのようにひょいひょい進めなかった記憶があります。足の裏の皮の厚さがみんなと違ったんでしょうか。

イギリス・スコットランド・マオリの子たちはもちろん、ルーマニア、オランダ、中国など(おそらく他の国の子たちもいたのでしょうが)なかなか国際色豊かな顔ぶれでした。
当時、その学校(Wilton School)に通っていた日本人は自分一人だったのですが、ずいぶん皆やさしくしてくれたものです。何かというと、男の子が「僕の隣に来なよ」「違うよこっちに来なよ」とか。
そういう事を言う男の子はたいていイギリス系の子たちでしたが、考えてみればお国柄というものも、小さい頃から現れるものなのかもしれません。

30年もたってしまいましたが、いつかまたウェリントンを訪れたいものです。街並はずいぶん変わってしまったと聞きますが。
なんとか当時の仲間たちとも再び連絡をとってみたいと思っています。今ならインターネットでどうにか手がかりがつかめる気もしています。

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