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2006年2月 4日 (土)

ニュージーランドの思い出

小学校2年生の秋から4年生の一学期目にかけて、ニュージーランドで過ごしました。

場所は首都のウェリントン。

かれこれ30年前のことです。

日本人は少なく、週二回通っていた補習校(日本人の子供のために最低限の教科をおしえる塾のようなところでした。といっても国語と算数だけ)の同級生も、私を含めて3人だけ。
うち一人とは、年賀状で年一度挨拶する程度にお付き合いはあります。
でも筆無精が災いし、現地学校の同級生とは全く音信不通となってしまいました。
悔やまれてなりません。

当時の大家さんだった、スコットランド出身の老夫妻とはクリスマスカードのやりとりがあったりなかったり。
ずいぶんと昔にウェリントンを離れ、オークランド近くのNapierネピアで田園生活を始めたお二人です。
一昨年(2004年)のクリスマスには音沙汰がなかったので、今回完全帰国しあらためて家族のそれぞれの様子を書いて送りました。

そして、遅ればせながら先日、便りがありました。
差出人はご主人の名前。
嫌な予感が的中し、奥様が実は1年前に亡くなったとの知らせ。
今まで病気続きだったご主人ではなく、長い手紙でいつもご主人のことなどを含めて書き綴ってくださった奥様が先立たれたというのにはびっくりすると共に、ご主人の誕生日に亡くなったという話に悲しさがこみ上げてきました。
唯一のなぐさめは、癌だったにもかかわらず、安らかに息をひきとられたということ。
ご冥福をお祈りします。

ニュージーランドといえば、人間の数より羊の数のほうが多い、ということでは今も昔も変わらないようです。
我が家の窓からも、山の斜面に白い点々が少しずつ動く様子が見えていました。
クリームがどろどろと浮いた黄色っぽい(いわゆる「クリーム色」の)濃厚な牛乳を朝に飲みながら、じーっとぼんやり見つめていたものです。
時折、茶色い物体(馬)が疾走する姿が見えるとわくわくしたり。

家から学校までの近道は、うっそうとした雑木林の中のくねった坂道。
ニュージーランドのシンボル、シダがあちこちに生え、なんとなく早足になりながら通ったものでした。
出口のところにひとつこじんまりとしたお店があり、そこでたまにアイスキャンディーやミートパイを帰りがけに買って食べるのが楽しみでした。
あのミートパイの味、数年前初めて行ったロンドンで試しに買ったチキンパイがその味を彷彿とさせ、やたら懐かしく感じました。

緑と自然に囲まれた日々は、一年半という短い期間ながらも自分の中に消しがたい下地をつくったように思えます。
子供心ながら、自然の圧倒的な雄大さと豊かさに敬意を表するようになったのも、この頃からかもしれません。

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