« めばちこ!? | トップページ | 呼吸法は健康と生き方そのものの鍵 »

2006年4月21日 (金)

ジョニー・デップ「リバティーン」Libertineを観ました

ブログ更新が滞り気味の今日この頃。
19日の水曜日は「女性の日」ということで、イギリス詩の講義に通っているという親友の誘いで映画「リバティーン」を観に行ってきました。
公式サイトは: http://www.libertine.jp/
(ちなみに親友の出ている講義では、今ちょうどロチェスター伯爵とその女性たちの詩を取り上げているそうです。)
いやあ、超満員で開演ぎりぎりかけつけた人たちは次の回に観ざるを得なかったようです。
(ちなみに場所は新宿。水曜日は早めのチケット確保をおすすめします。)

演じられ、演じる3ジョン(ジョニー・デップ、ジョン・マルコヴィッチ、ロチェスター伯爵ことジョン・ウィルモット)の映画、というのも因縁じみていて面白いのですが、観終わった親友はすかさず私に「ごめんね、誘って!」とほんとにすまなさそう。
でも、私はと言えば最後のシーンで涙を浮かべていたのでした。

おそらく、好き嫌いが分かれる映画かもしれません。
親友は「よくある話だし展開の仕方もわざとらしい」といまひとつの感想だったようです。
ジョニー・デップ自身も昔の彼とは存在感が違う、とも。
「年取ったからじゃないの?」と答えるしかなかったんですが、まあ確かに私が初めて彼をスクリーンで目の当たりにしたSleepy Hollowの一目惚れの頃とは違ってても仕方が無い。役どころも違えば彼の容色の質そのものも。
いえでも、彼は見事にジョン・ウィルモットになりきっていたと私は思います。
やはり、この映画はジョニー・デップなくしてはあり得なかったのではないでしょうか。
リバティーン(=放蕩者)の表情、まなざしの中に、この映画の真髄が投影されているのです。

何より、一日経った今でも余韻が残り続けることが、この映画の存在を証明しているように思えます。少なくとも私にとってはそんな映画だったかな、と。
いろいろな捉え方ができる、懐の深い映画でもあるのではないだろうか、と思っています。

確かに、映画の構成もエピソードの選び方も単純かつ芝居がかっているかもしれません。
(いかにもアメリカ的な整然さ、というのか。)
でも、ロチェスター伯爵の物語の核ともなるべき舞台もまた、芝居小屋。
芝居がかったロチェスター伯爵が、本物の感動を求める場所は芝居にしかなかった。
あえて、制作者はこのことを意識して芝居がかった構成にしたような気もしています。

「私は現実に何の喜びも感動も見いだせない。私の唯一のなぐさみは、芝居小屋なのだ。そこで真の感動にうちふるえたいのだ。」
(せりふはちょっとうろ覚えですが…)
彼は一人のとある女優の才能をいち早く見抜き、自らトレーナーを買って出る。その時、乗り気でない彼女にこの言葉をもらし、彼女の心が動きます。

しかし、現実を否定し続けていた(愚弄していた)彼は、芝居の中以外にも喜びがあることを知る。
現実にも、真の感動があることを。
彼は、女優に完全に心を奪われてしまう。

「素直ではない」伯爵は、結局酒におぼれ自らと世間を相変わらず蔑み続けるのですが。
いきつく果ては、仲間の死と、梅毒に蝕まれる体。
死を目前にして、初めて彼は己の今までの人生をむせび泣く程に悔やみ、チャールズ2世のために議会で自ら大団円を演じきり、やがて妻の昔話を耳元で聴きながら享年33歳で息絶えます。
イザヤ書と同じく「私は蔑まされ…病に倒れる」ロチェスター伯爵は、キリスト教徒に鼻を打ち砕かれたローマ人の彫刻さながら、梅毒で鼻が抜け落ち、目は虚空を見つめ口をぽっかり開けたたまま、かろうじて天国への階段を昇っていったのでした。のでしょうか。

「どうか私を好きにならないでくれ」から始まるこの映画。
酒をかっくらい、あくまで理性(と偽善)を蔑み続けた男。
おりしも時代は啓蒙主義の幕開け。理性を科学へと向け始めた、いわば現在の私たちの世界を形作りはじめた黎明期。
地球のはじまりがどろどろのマグマだったように、17世紀のロンドンは泥と喧噪と悪臭にまみれ、まさにどろどろと混沌とした世界に人間がうごめいている。
その中で、彼は理性という怪物が数百年かけていずれ成し遂げる事を、敏感に読み取っていたのかもしれません。
彼自身は、頭脳があまりに明晰だったがゆえに自分一人では現実(おそらく、王が国を統治するといったようなそんなレヴェルではないもっと目線の高い現実)を変えられないやるせなさには、愚弄をもって権力者といわれる人々を糾弾するしかなかった。
頭脳明晰ゆえに理性をアルコールで流し出してしまいたかったのでしょうか。
(何も考えていないなら、悩む必要は無い訳で、ただ飲み続けていればよろしい。しかし、彼の目が自らの矛盾を語っている。)

心に深くささる台詞が映画のあちこちにちりばめられています。
詩、酒、女。己の存在理由はこの三つのみというロチェスター伯爵の周りの人々もまた、それぞれの生き様を皆に示しています。
俳優はジョニー・デップばかりではありません。大物揃いで、さぞかし緊迫感あふれる撮影が展開されたことだろう…と想像させる迫真の演技はみもの。
特に、伯爵が見込んだ女優演じるシェイクスピア劇のオフィーリア役のシーンは、稽古の様子から本番までの演技の変化が映画のひとつの山を形作っており見逃せません。

「人生は自腹を切らなければ学べない」
ヨーロッパ式切腹の姿を、この映画の中に見たように思います。
それは一瞬の苦しみではなく、キリスト教でいう原罪のように、一生絶えずつきまとって離れない惨い苦しみ。
放蕩者極まれりて自らゴルゴダの丘を足を引きずり登り続ける。
なぜか、そんな映画だったんじゃないかという気がしています。

相変わらず独断と偏見ですが、鑑賞者によって千差万別である映画であればある程、見応えがあると信じています。私はおすすめ、でした。以上、おしまい。

« めばちこ!? | トップページ | 呼吸法は健康と生き方そのものの鍵 »

映画・テレビ」カテゴリの記事

コメント

この映画はイギリス制作の映画ですよ!

aさん、コメントありがとうございます。
当時なぜ私がアメリカ映画と書いたのかわからないのですが、確かに確認したらイギリスの映画でした。大変失礼いたしました(>_<)

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/157933/9689362

この記事へのトラックバック一覧です: ジョニー・デップ「リバティーン」Libertineを観ました:

» リバティーン [Pocket Warmer]
邦題:リバティーン 原題:The Libertine 監督:ローレンス・ダンモア [続きを読む]

« めばちこ!? | トップページ | 呼吸法は健康と生き方そのものの鍵 »

2017年12月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31            

おすすめリンク

INFO UTILI

無料ブログはココログ

瞬!ワード