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2006年5月 7日 (日)

やっと一次翻訳終了!

あ〜今日でやっと本一册分(薄いけれど専門外、帰国して初めて)の一次翻訳が終わりました!
GWも称名寺での薪能以外、翻訳漬けであっという間に過ぎてしまった…。
まだまだ調整があるので安心はしていられません。
が、とりあえず今日の夜はゆっくり休み、明日から気持ちを新たにがんばりたいと思います。

今回は知人のオファーで下訳を手がけたわけですが、本一冊というのはイタリアでガイドブック一冊翻訳した以来の量で(駆け出しなもので)、しかも興味がある分野とはいえ専門外(都市計画)の話。
その上、言葉遣いが当世風、ではないんですね(一応、今もご健在の方であるうえ、かなり最近に書かれたものではありますが)。
小学館のイタリア語辞典でも載っていないような古い言い回しが出てきたり…。
本国のDe Mauroの"Il dizionario della lingua italiana"無しでは(ついでにラテン語辞典も、こちらはCastiglioni-Mariotti)不可能でした。

加えて、本を書く人というのは、実に広範囲にわたっていろいろな情報を収集し、自分の血肉にしてしまうのだなと、翻訳しながらいろいろ考えさせられました(というか、ただ感心してしまうだけだったかも)。
本にもいろいろありますが、説得力のある一冊というのは、寄り道をしているようで「初めの問いかけを見失わない」でいる、最初から最後まで一本筋が通っている本なのですね。
当たり前といえば当たり前かもしれませんが、これは話が途中で多岐にわたる場合、著者が相当吟味して逸話を選ばなければかなり難しいことだと思います。
(本を読み進めるにしたがい、尻切れとんぼになったり尻すぼみになったり、というのはよくありますよね。)

そういう意味で、この一冊を手がけられたことは幸運でした。
普通に日本語でさらりと読んでしまう時の数倍も、収穫があったかもしれません。
(日本語をどれだけ適当に読んでしまっているか、ということにもなるのでしょうが。)

翻訳と修復の仕事というのも、ある意味似た部分があるように思います。
もちろん、全く同じではないのですが、まず「あるものをあるがままに見る」のは共通して言えることでしょう。
言ってみれば、科学者的な目が必要となる。
主観は入れず、あくまで客観的に目の前のものを観察する。
そこから分析、再構築…と作業が始まります。
(その上で翻訳そのものは現在、オリジナルから離れてクリエイティブな方向へ進んでいる、という一面も一部あるようですが…それは置いといて。)

私自身は単純に、絵画であれ著書であれ、作者と同じ目線で見ていくという作業がどちらも引き込まれるものがあるんですが(根がスケベなんでしょう)、そのかわりに「相性」が悪いととんでもないことになります。
客観性が大事。だけど心の内では「…こういう文章書く人の気が知れない!」と、葛藤があるととたんにやる気が失せてしまうんですね。
そうも言ってられないので仕事はやるわけですが…。
そう考えると、構文の面では苦しみながらも内容とその哲学に感服できるような人(の文章)に出会った場合は、仕事冥利につきる、といえるでしょう。

一冊の本で、またいろいろなことが知りたくなりました(知らねばならないことも…)。
まだまだ、勉強は続く!のでした。

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