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2006年7月

2006年7月21日 (金)

ジダン騒動と頭突きパロディ

やはり事情聴取、言葉の真相は明かされないままにジダンは3日間の社会奉仕(かえって「マエストロ」に会えると喜ぶ好運な子供たちが増えるということですね)、マテラッツィは2試合出場停止、両者とも罰金となりました。
侮辱した側に制裁を加えるのは異例の措置、とイタリア側は憤懣やる方ない、といった様子です。

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2006年7月20日 (木)

「ジダン 神が愛した男」シネカノン有楽町にて

日本時間で今日中には、ジダンへの事情聴取結果が明らかになるようです。
果たしてどこまで明るみに出るのかはわかりませんが、ヴァカンスがあるからとの理由で「いの一番」に逃げてしまったマテラッツィの態度を考えれば(それを許してしまう周囲の存在を考えても)、この事件の行く末が納得いく解決をみるものかどうか…個人的には疑問を持っています。

さて、日本語のサブタイトルでは「神が愛した男」(原題は「ジダン 21世紀の肖像」という感じでしょうか)-すっかり有名になってしまった一人の男をひたすら追い続ける映画を観てきました。

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2006年7月11日 (火)

ジダン、人生はこれからだ

http://news.goo.ne.jp/news/sponichi/sports/20060711/kfuln20060711002001.htmlより:
 ≪「すべてを明らかに」≫ジダンの代理人は10日、英BBC放送に対し、マテラッツィがジダンに掛けた言葉が「極めて深刻な」ものであることを明らかにした。代理人は試合後の10日未明にジダンと話したといい、ジダンが近くすべてを明らかにするとの見通しを示した。代理人はBBCに「彼(ジダン)は私にマテラッツィが極めて深刻な内容のことを言ったと述べたが、話の内容は明らかにしなかった。彼はとても落胆して寂しそうだった」と語った。

一方、イタリアにはこんなゲームが登場しています:
http://widelec.org/zidane.html
ネット上でマテラッツィが次々と画面右から現れる。
貴方のマウスのポインターは画面上ではそのままジダンに早変わり。
クリックするとジダンがクラッシュ音とともに頭突きを一発、マテラッツィはこつ然と消え失せる!
…という、ごく単純なものですがご確認ください。

…1時過ぎから早朝6時過ぎまで。
優勝チーム・アッズーリの笑顔を見ても、いくら私が7年間を過ごしたイタリアの勝利を目にしても、マテラッツィの事が頭から離れず、気がつくと「おたんこなすマテラッツィ、おたんこなす!!!(古いと言われようがこの言葉しか思いつかない)」と心の中で叫び続けていました。

言葉による暴力か?力による暴力か?
ピッチ上に見た一瞬とは、まさに世界の縮図でした。

自らのサッカー選手生命をあのように己自身で閉じた人間、ジネディーヌにエールを送りたい。
あの瞬間とは、貴方がサッカー界と世界に対して無意識につきつけた挑戦状だった-他に言葉が見つからないので挑戦状、とやむなく書きますが-そのように私は受け止めています。
美しく終えるよりも、多くの事を世界中の人々に深く考えさせるきっかけを、体を張ってつくってくれた。
それができるのは今の貴方だけだったのです。

まだ34歳。
34歳という若さで歴史に残る偉業を成し遂げた貴方なら、頭突きの結果も貴方次第でどんな方向へでも可能性を広げられると信じています。
末永く応援しているよ、ジズー!

2006年7月 9日 (日)

イタリア・ゴール直後のジェスチャー

準決勝イタリア×ドイツ戦でグロッソがシュートを決めた瞬間、近所の歓声がドイツまで届きそうなほど轟き渡っていた…とは、イタリア在住の友人の話。
想像にかたくありません。
(アルプス残雪の雪崩は大丈夫だろうか。誰もいないか)
きっと今頃は大変なことになってるんでしょう。

ローマ住まいの頃はロマニスタ魂の某友人(日本人・女性)の影響でたまにサッカーを見る程度でしたが、ローマ優勝の時にはさすがに興奮しました。
その時のこと。
優勝決定直後、トラステヴェレに繰り出したら目の前から私に向かって何やら叫びつつ突進してくる見知らぬデブのおっさんが…気がついたら私は宙に浮いていました。
なんと、胴上げされていた!
他のイタリア人もよってたかって私を放り上げること数回。
そのシーズンはローマ×ユウェントス戦で、中田選手が起爆剤となりローマは○年ぶりの優勝へとまさかの大転換期を迎えることになり、ホントに優勝してしまったのでした。
日本人、と見るだけで「ナカタ!!!」と笑顔を向けてくれたあの時代、懐かしい。
(※イタリアではナカーターではなく、ナカタ!或いはナカター!と、音節区切って「タ」に力を入れる発音が主流でしたね、そういえば。)

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2006年7月 5日 (水)

坂本九〜九ちゃん母の言葉

何週間前のことか、黒柳徹子さんが出演していたテレビ番組で、坂本九さんの特集を組んでいました。
九ちゃんが大好きだったお母様。
そのお母様が病に倒れ、九ちゃんが入院先を訪ねた時の事。
母は息子に「寂しいのかい?」と訊ねます。
九ちゃんはうなずきました。
そこでお母様が一言。

「自分が寂しいときは、自分よりも寂しい人たちのために働きなさい。」

死期を悟っていた母からの、息子へのメッセージ。
九ちゃんも、ひたすら母親のことが不安だったからこそ忙しい合間を縫って面会に行ったのですが、そこでハッとします。

世の中には、自分より寂しい思い、辛い思いをしている人たちがたくさんいる。
ボクは、その人たちのために働かなくちゃならない。
それがボクのできることなんだ。

それから、九ちゃんはコンサートに、ボランティア活動にと精力的に毎日を過ごします。
そんな毎日を送り、ある日のコンサート開始直前、永六輔氏から母の死を告げられます。

それでもコンサートは打ち切らず、九ちゃんは母自身の言葉を胸に、歌い続けました。

「上を向いて歩こう」を耳にする時、九ちゃんの涙が自分の目にも伝わってきそうになるエピソードでした。

九ちゃんという日本人がいたことを、心に持ち続けたい。
その九ちゃんの母親のような存在になる人が増えたら、世界もどんなに変わることでしょうか。
御巣鷹山の事故は、当時の私には一番ショッキングな出来事でした(今も当時のニュースを振り返ると胸が痛くなります)。
心ある人が早くに命をなくす一方で、心を顧みることのなくなった人間がますます不自然なふるまいに出ようとしています。

人間が九ちゃんの母の言葉を理解できなくなる日がきたら。
その時、地球はこの宇宙から消滅してしまうかもしれません。

2006年7月 3日 (月)

まだまだ知られざる水の真実

Arigatou
久しぶりに本をまとめ買い。ほぼ直感的に選んで11冊購入し、今は3/4冊目を平行して読んでいます。
今日は読み終えた2冊のうちの1冊をご紹介。
「読む」前に「見て」びっくりでした。
江本勝氏の「その結晶にこめられたメッセージ〜水は答えを知っている」(サンマーク出版)です。
2001年11月25日に初版発行、2006年7月1日第34刷発行というのですからまたびっくり。
私が日本にいない間に、巷で話題になっていたのでしょうか。
と思ったら、ネットで見たところでは、どうやら最近テレビ番組で紹介され話題沸騰となったようです。
(本の紹介→http://www.sunmark.co.jp/frame_isbn/4-7631-9396-1.html)

グラスに水を入れ、ワープロで打った文字をその水に見せる。
それぞれの言葉に触れた水を氷結させ、その結晶を撮影する。
その結果は?
驚くべきことに、「ありがとう」を世界各国語で、「ばかやろう」を同じく他言語で試したところ、「ありがとう」は美しい結晶を形作り(言語によって形はさまざま)、「ばかやろう」は乱れ結晶が形成されなかったのです。

水道水と自然水。
水道水は乱れ、自然水は国によっていろいろな結晶体を見せます。
クラシック音楽・バロック音楽・ヘビメタ・アルゼンチンタンゴを聴かせても、結晶は変化する。
(ヘビメタは結晶化せず水紋のような波紋になっている。)
風景を見せるだけでも結晶の形が変わるのです。
電磁波にさらした水、「愛・感謝」の言葉を見せてから電磁波の近くに置いた水。
一方はバラバラ、一方はきちんと結晶体を保っています。しかし、「愛・感謝」があっても携帯電話とパソコンが発する電磁波は結晶にゆがみを生じさせている。

実験しているその場を見ないと信じられない私も、半信半疑ながらも「これは本当かも」と何度も写真のページを行ったり来たりしてしまいました。
写真の結晶は、きちんと科学的に試料をいくつもとって実験した統計結果である、ということですから、各実験で一番平均的な形の結晶をそれぞれ掲載したのだと思います。

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2006年7月 1日 (土)

カネとは何のためにあるのか

「お金とは何なのか」
経済とは何なのか、を含め、一生考え続けるテーマかもしれません。
「1日で100万円を稼ぐ方法」といったキャッチフレーズをネットでよく見かけます。
実践した人たちは次々に成功。
しかも、自分が病気になっても家族は安心、という保証つき。

稼ぐためのノウハウよりも、その稼いだお金をもとにその方達が今後どんな人生を送っていくのか…どちらかというと、私はそちらのほうに興味があるかもしれません。

ノウハウもネット上でどの程度公開されているのか、という興味もあり、久しぶりにあちこち見ていたら、結局自分の目に飛び込んでくるものというのは絞られてきてしまうようです。
「お金とは何のためにあるのか」
このインディアンの酋長の言葉もまたひとつの回答として心に刻み付けられるものになりました。
引用させていただきます:

http://www.ed-contrive.co.jp/html/corporate_outline/
book/chapter/chapter9.html
「シアトル酋長のメッセージ」(ネットワーク『地球村』代表・高木善之氏訳)

一八五四年のことである。
スカミッシユ族の酋長は、部族会議でこう語った。
大統領から、我々の土地を買いたいとの申し入れがあった。
ありがたいことだ。
なぜなら大統領には我々の同意など本当は必要ないのだから
しかし我々には分からない。
土地や空気や水は誰のものでもないのに、どうして売り買いができるのだろう。
土地は地球の一部であり、我々は地球の一部であり、地球は我々の一部なのだ。
この土地を流れる水は祖父の血であり、水のさざめきは祖父の声なのだ。
川は兄弟であり、我々の渇きを癒し、カヌーを運び、食べ物を与えてくれる。
もしもこの土地を売ったとしても、
水の語る一つ一つがわが民の物語であることを記憶に留めなくてはいけない。
川は我々の兄弟であると共に、あなた方の兄弟なのだ。
白人の土地には静かな場所がない。
若葉がそよぐ音も、虫の羽音も聞こえない。
生き物の声が聞こえない人生など、生きる価値があるのだろうか。
我々にとって空気はかけがえがない。
なぜなら生き物、木々、人間、すべてが同じ空気を分かち合っているからだ。
もしもこの地があなたのものになったとしたら、このことを記憶に留めよ。
無数のバッファローが面白半分に殺された。
すべての生き物を殺し去ったとき、人間が死ぬだろう。
他に振りかかったことは、自分にも振りかかる。
すべてはつながっているのだから。
すべての生命は一つの織物である。
それを織ったのは人間ではない。
人間も一本の織り糸に過ぎない。
生命の織り物に対してすることは、自分自身に対してすることなのだ。
大統領は我々に「居留地に行け」という。
我々には、自分に残り少ない人生をどこで過ごそうがもはや問題ではない。
子供たちは、父親が殺され、母親が辱められるのを見てきた。
まもなく、かつての栄光の者たちは地上から姿を消すことだろう。
そしてその民の死を痛むものたちもいなくなるだろう。
しかし、それを悲しむ必要があるだろうか。
人は誰でも生まれては死ぬのだから。
白人さえ、この運命には逆らえぬ。
白人と我々は兄弟なのかもしれない。
白人にも分かる時が来るだろう。
我らの神と白人の神が同一だということを。
土地の所有を望むように、白人は神さえ所有しているつもりかもしれないが、
それは不可能なこと。
神はすべてのものの神。
そのいつくしみは、すべてに等しく注がれている。
大地を害すれば、必ずその者は滅びるだろう。
なぜならそれは神を侮辱することに他ならない。
大地を害すれば、白人もまた死に絶えるだろう。
もしかすると、他のあらゆる部族よりも先に…
森はどこに行ってしまったのか? 消えてしまった。
鷲はどこに行ってしまったのか? 消えてしまった。
生き物に別れを告げるということは何を意味する?
それは「真に生きる」ことの終わり、「死んでいない」ことの始まりなのだ。
この申し入れに同意するとしたら、
それは最後のひと時を過ごす場所を手に入れるためなのだ。
この地上から我々が消えても、この大地はわが民の魂を抱いていてくれるだろう。
なぜなら私たちが、この母なる大地を深く愛しているからだ。
この土地を売ったとしても、この土地を我々が愛したように愛してほしい。
我々が手塩にかけたように愛してほしい。
この土地を手に入れたときそのままに、その土地の思い出を心に刻んでほしい。
力の限り、知恵の限り、情熱の限り、子供たちのためにこの土地を守ってほしい。
神が我々を守るように…。
我々は知っている。
我々の神はあなた方の神と同一である。
白人と言えども、この共通の運命から逃れることはできない。
我々は兄弟なのかもしれない。

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