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2006年8月29日 (火)

今の時代に生きるということ

「宇宙方程式の研究—小林正観の不思議な世界」(風雲舎)から。
小林正観氏に関してはすでにウェブ上でいろいろと紹介されているようなので、今日は本の内容から一カ所だけ(ひとつのページを要約しています、念のため):

「今世紀は二十世紀と二十二世紀の架け橋の時代。この百年で西洋文明から東洋文明へと価値観が変わり、これがその後三千年続く。その礎がこの百年で出来上がる。
釈迦は、自分の教えが末法の時代になってから五百年、つまり二千五百年後、インドのはるか東方にジャプトーバーという国があり、その国で自分の教えや考え方が理解され直すだろう、と言った。ジャプトーバーとは日本。その国の人々は争うこと、闘うことが嫌いな人たちで、その考えと自分の教えが正しく理解されることが相まり、融合し、平和な世界が始まるという。そこから三千年間、平和が続くだろう、と。
この二、三年(※本書発行は2001年6月)は、日本人の心のありようというのが全くそれ以前とは違う。ものすごい手応えを感じる。お釈迦様の二千五百年前の遺言はほんとうなんではないだろうか。
だから私は環境問題とも闘わないし、世の中が悪くなったなんて一言も言わない。そうではなく、三千年王国に向けての第一歩が始まったと思っている。」
Dscf2085

ジャプトーバーという言葉を初めてききました。
ジャパン、ニッポンといった語感をほうふつとさせますが…?
このお釈迦様の予言や小林氏の手応えがやがて現実となっていくかどうか、私にはわかりません。
が、今この時代が深い部分で変化しつつあるということを指摘している、もう一人の方を思い出しました。
「気の経絡指圧(Tao Shiatsu)」の遠藤喨及氏です。
「『気と経絡』癒しの指圧法ー決まった位置にあるツボなどない」(講談社+α新書、2000年5月発行)から:

「いま、いちばんおもしろい時代である。
それは人類の意識が、劇的な変化を遂げつつある時代だからだ。
どこかで聞いた話だが、アフリカに生息するチンパンジーが、道具を使い始めたという。どうやら、ドラマティックな意識転換が起こっているのは、人間だけではないらしい。案外、全地球的な規模で、あらゆる生命体に起こっているのかもしれない。…
…アメリカ、ヨーロッパ、オーストラリア、イスラエルなどの世界各地で『気の経絡指圧』(Tao Shiatsu)の講習指導を行うにつれ、人類の意識転換を肌で実感するようになった。そしていまや、人間の心の時代の曙がやってくることを確信するまでに至った。いま、一見暗い時代と思われるかのような兆候も、夜明け前の暗さと感じるほどである。
指圧を教えるなんていう程度のことで、なぜ、そんなことまで言えるのかと思う方がいらっしゃるかもしれない。しかしこれは事実だし、その理由については本書に述べてある。簡単に言うと、1985年を境に、まず人々の『気や経絡』の状態が変わった。やがて、2000年になると『心や意識』の状態までが、より開かれたものへとなっていったのである。
すなわち産業革命以来、物質に隷属してきた人々の心が、徐々に解放されはじめたのだ。まず、『気や経絡』という、無意識に属するものが変化した。そして次に、『心や意識』が変わってきた。やがては、産業などの物質的な面も含めて、あらゆる分野において、人類の文化や社会までが劇的に変化していくだろう。
実際のところ、いまのこの惨憺たる地球環境を考えたら、あらゆる産業は有機的な視野に立ったものへと変化していかざるを得ない。またこれは、医療とて例外ではない。生命の本質を考えたら、即物的な現代医学は、やがてみずからの使命を、本来の救急医療へと限局していくはずである。
だから医療の中心は、いずれは、心を含めた有機的な『気の医療』へと、徐々にシフトしていく。そして本書に述べる『癒しの指圧法』こそが、世界の劇的な変化に対応した『気の医療』にほかならないと思う。人類の曙のきざしが、ここにもあると言えるのかもしれない。」

実際に多くの人々の体を見てきた遠藤氏。
ある指圧治療の臨床中、気がついたら相手の気の流れが目の前のコップのように、心にはっきりと映っていたそうです。そしてその気の流れを整えたら、症状はたちどころに消失し、指圧をした氏本人がほんとうに驚いてしまったとか。その日を境に、氏は、ほぼ無限とも思われたほどの、どこまでも深い気の世界に入っていきました。
体験に裏打ちされた言葉には静かな力が感じられます。
「気はほんとうは誰にでも見えている」と遠藤氏は言います。
その「気」を最も感じやすい(=抵抗なくすんなり入っていける)のも日本人とか。
それは「場の空気を読む」という言葉にも表れているように、日本人には意外と身近なものなのです。
(西洋では「空気を読む」以前に「論理的に・言葉で相手を納得させる」ことが基本。それはイタリアでも痛感しました。空気を全く読めない人・感じない人がいて、一種のカルチャーショック。)

科学では説明しきれない世界が確かに存在します。今は科学自体も、説明できないその世界を容認せざるを得ないところまできている。
ある種の動物や虫が超音波で仲間と交信するように、人間も携帯電話なしで無意識に交信しているかのような出来事は、意外と多くの人が経験しているのではないでしょうか。いわゆるテレパシー。
それが地球上を飛び交う事で、集合的無意識というものが形成されるのかもしれません。
この見えない交信によって、世界中で同じような現象が起きる、あるいは人間の考え方がシンクロする。

今という時代は、科学・メディア・人間動植物の意識がさまざまに入り組む事で、大転換へとものすごいスピードで進んでいる時代なのかもしれません。
大転換が何を意味するのか ー それは今この時の生き方にかかっています。

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