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2006年9月

2006年9月30日 (土)

旅のスケッチ:Ponte Buggianese

Ponte_buggianese_1
整理せねば…と随分前から放置しっぱなしの山のような写真・絵はがき。
段ボール箱からはみ出した数枚の中に、なつかしいスケッチが出てきました。
ところはトスカーナ地方ピストイア県のポンテ・ブッジャネーゼ。
現代フレスコ画の大巨匠、ピエトロ・アンニゴーニPietro Annigoniの壁画がなければ決して訪れなかったであろうようなちんまりした村で、帰りのバスを待っていた時に描いた、目の前にある何の変哲もない建物。
思い切りひんまがってますが…

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2006年9月29日 (金)

結局寝坊(;_ ;)

Sole_e_cielo_2支離滅裂な夢を見ている最中ドスン!と音がし一気に目が覚めました。
8時!またやってしまった…明日こそは(- -;)。
音の正体は2階のベランダから部屋に着地した父の足。
私の夢は一体どこへ…しかし夢の中でも切羽詰まって探していたトイレへまずは直行。

よく、夢を物語のようにちゃんと覚えている人がいますが、いつも話をきくたび心底感心してしまいます。
筋道の通った長い夢を私は未だかつて見たことがありません。

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2006年9月28日 (木)

101記事目!!

おかげさまでなんと、前回でちょうど100の記事を書いたことに\(◎o◎)/! 
我ながらよくここまでやってこられたもんだ、と感慨深いような?
書く時書かない時、かなり差が激しいのですが、平均すればおよそ3日に1回投稿している計算になりますね。
今後は200回記念記事を目標にし、毎日気楽に書き続けていけたらいいなと思っております。
どうぞこれからもよろしく!

ついでにテンプレートも替えてみました。
らしくない、のですが…秋の香り、ということで。
全部自分でデザインしてみたくても、全く歯が立たないのが現状┓(´_`)┏。
まっそのうち…と思っております(研究する気が出てくれば、かな…)。

なにはともあれ涼しくなったのと比例したかのように睡眠時間が長くなっているので、明日から早起きを目標とします。風邪も治ったようだし。
それに今週末もまた仕事の予感。
これからはますます時間の使い方と集中力、が課題となりそうです(ーー )。
さもなければ孫悟空にでもなる術を考えないと(そんなこと考える方が時間のムダだよな)。
皆様も充実した日々をお過ごし下さいませ。
ではまた明日!Buona notte!

季節は巡る

視界が暗くなってきたなあと思うとストーンと日が落ちる季節がまた巡ってきました。
日本へ帰国してからもうすぐ1年が経とうとしています。早いものです。

季節の一巡は、庭を見ていると実感します。
白いシュウメイギクが咲き始め、金柑は鈴なりに実をつけ…
仕事に疲れてふっと窓の外に目をやると緑の庭がある。ホッとするひと時。

思えば、ローマではそんな潤いが欠けていたような。
公園を求めて散歩でもしなければ、緑に囲まれることがありませんでした。(私の場合は。)
でも、同じ緑でも、日本の草花の繊細で素朴な姿形、さりげなさがやっぱり好きかもしれません。
イタリアのわかりやすい草木もそれはそれで魅力ではあるのですが…見ていてすーっとなじむ和やかさは、日本の風土に育まれた草花ならではという気がします。

虫の音もにぎやかになってきました。
日暮れ前には今までの季節と違う鳥の声が聞こえてきたり。
身近にある自然を感じるだけで幸せな自分は、ほんとに単純な幸せ者かも。
昨日はショスタコーヴィチについて書きましたが…今は庭で繰り広げられる合唱曲で充分かな。
こんな平和が世界中に訪れんことを…心より祈りたいと思います。

まぐまぐ出来事(13)伝言など

・残業して深夜に実家へ寄ったら、既に就寝中の父(60歳)から手書きメモが置いてあり、「テブルの上にカラアゲあります。もって下さい」と書かれていた。
翌日も深夜に寄ると、「コンロの上にカレあります。もってて下さい」となっていた。更にその翌日には「コンロの上にマボトフあります。もてって下さい」
となっていた。
(「ー」も使ってほしい娘より)

やっと携帯が使えるようになった母(65歳)から初めて届いたメール:
題:かいもの
本文:「かれーよぅのふくじんづけ、またはらっきょうをかってきて。」

上のお父さんには負けたーという感じですが、消すのが惜しくて未だに携帯電話に残してあります。それから8ヶ月。しかし今も「あれ、どうやって漢字にするのかしら?」と三歩進んで二歩以上下がってるようです。

2006年9月27日 (水)

ショスタコーヴィチの証言

モーツァルトの影に隠れながら、実は生誕百年のショスタコーヴィチ(1906年9月25日生まれ)。一昨日でちょうど百年。
かくいう私も、彼の曲を演奏した記憶はなく…ショスタコフリークはアマチュア音楽家達の間でも結構多いのだと思いますが、私の場合はコンサートで耳にしては「盛り上がる音楽が多いなあ」程度の認識しかありませんでした。
しかし古い本箱を確認してみると…中公文庫の「ショスタコーヴィチの証言」(S.ヴォルコフ編、水野忠夫訳)が出てきました。
読んだ記憶なし。
東京往復の電車の中でわずかに起きていた時間、今日少しだけ読みました。ホントに少しだけ。編者の序文と一章の「真実の音楽を求めて」。
これは…数年前からロシアが何となく気になる私にとっても衝撃的な本になりそうな予感がします。

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秋はスープだ

東京まで出て用事を済ませ、某駅に向かって歩いて行くとき空腹を覚えました。
お昼抜きだったので…時計を見たら3時前。お腹空くわけだ。
とはいえ、パンもラーメンもパスタも定食も寿司もいやだなあ〜、そうだスープが飲みたい!と目に入ったのはチェーンの某コーヒーショップ。
看板にクラムチャウダーが出てる、しめしめと入って「クラムチャウダーおねがいします」と頼んだら
「…すみません、セットメニューのみなんです」と。
見ればパニーノ風サンドイッチ+スープ+ミニサラダで750〜850円ぐらい?
いらん、私はスープ「だけ」飲みたいのだ!…とあきらめ店員さんににっこり笑いかけ、ゴメンナサイーと出て行きました。

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2006年9月26日 (火)

まぐまぐ出来事(12):言葉の綾!?

外は激しい暴風雨となっています。
昨日は東京にいる祖母の布団干しを手伝ったばかり。
今日じゃなくてよかった…。

仕事に一段落ついたところでまたウィークリーまぐの整理に入っております(-_-;)。
言葉は使いよう!

・携帯電話の電源が切れていたとき、ある友人に緊急にメールを送らなければならず、その場にいた共通の友人の電話を借りてメールを打ったときのこと。「よさ」と入力すると、予測変換機能で、「与作は」という候補があった。思わず、それを選択すると、次に、第1候補で「木を」とあり、その次に、「切る」と候補があった。一体、何のために?
 (その後もヘイヘイホーでしょう。)

・私の家では、家に帰ってきたときのあいさつが段々省略化されていく。
父「ただいま〜」 家族「おかえり〜」
が1ヵ月後…
父「ま〜」 家族「り〜」
と最後の文字だけになってしまっている。家族の中で決めたわけではないが、最後の文字だけしか言わない。しかも少し前に母が「ただいマンモス」という言葉を開発してしまったため、“いただきます”にしても、“いってきます”にしても語尾に「マンモス」がつくようになった。そして、最近の帰ってきたときのあいさつは…
父「マンモス!」 家族「マンモス!!」Mammos

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2006年9月19日 (火)

♪授業おわり〜♫+まぐまぐ出来事(11)

仕事中、「キーンコーンカーンコーン♪」となつかしいメロディーが聞こえてきたので「今日は風向きのせいか中学校のスピーカーがよく響くなあ。」とパソコンを打ち続けていました。その時、携帯電話がブルブル震えていることに気づき画面を見たら「非通知設定」。学校ではまだチャイムが鳴り続けてるので長いなあと思ってぼんやり画面を眺め、とろうかとるまいかと考えているうちに携帯の着信音だと気づいたのが30秒後。アホです。
(結局終業?始業?のチャイムは2分近く続いた…知り合いだったんだろうか…この着信音、なかなかなごめます!?)

締め切り1日前に納品したら、急に眠くなってきました。
またまぐまぐ抜き出し。でもちょっとだけ:

・クリックのことをクイックという同僚がいるとの投稿があったが、我が社にはバナーのことをバーナーと言う人がいる。その人は先日電話でこうも言っていた。「いやいや、マウスツーマウスで話がしたいんですよ。」
 (ホントにそんなコト言う人いるんだ…)

・普通に謝罪メールを送っただけなのに、「おやじギャグに免じて今回は目をつむりましょう(笑)」という返信が来た。「申し訳アリアン船」になっていた。恥ずかしくてもう会えない…。
(キャリアウーマン)

・KAT-TUNの亀梨君が大好きなうちの母。先日、窓を開けていたところ、1匹の虫が飛び込んできた。虫嫌いな彼女は、逃げ惑いながら絶叫。「カメナシが入ってきた!!」。喜ばしい事じゃないかと、一瞬助けるのを躊躇った。
 (母よ、それはカメムシだ)

・ロンドンに旅行に行ったはずの叔母から電話があった。「間違えてテレビのリモコン持って来てしまったんだけど、荷物の中でボタンを押してしまったかもしれない。衛星放送だから心配で。テレビ見に行ってくれない?」と頼まれた。面白かったので「ついてたけど主電源から消したから、もう大丈夫」ともっともらしいことを言っておいた。この恩はお土産に反映されるらしい。

その昔一人暮らしの頃、職場で「あっ!アイロンひょっとしてつけっぱなし!?」と家が焼失していないかマジ心配になり、飛んで帰った事がありました…上司に怪訝な顔されつつ…結局無事でしたが。指差し確認、励行すべし。
でも、これってオチがないな…かなり眠いとみたので今日はここまで。
おやすみなさい。

2006年9月18日 (月)

鮑古丹の冬の海

今朝、NHKを途中から見てそのまま釘付けになったのが、礼文島の鮑古丹(あわびこたん)にお住まいの浜下夫妻のドキュメンタリー番組:
「海鳥と妻と~北海道 礼文島~ 厳冬をたった2人で生きる夫婦のきずな」
です。
極寒の北海道、礼文島最北にある集落で暮らす漁師、浜下福蔵さん(76)は、夫婦たった二人きりで一冬(といっても一年の半分にあたる)を乗り越えます。
二人きり。でも二人だからできる、と福蔵さんはいいます。
そして、自分たちはカモメたちにも生かされている、と。

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2006年9月17日 (日)

聖フランチェスコと科学

Cantico_fra_parte
なぜかいつも私の目の前にある聖フランチェスコSan Francesco di Assisi(1181?〜1226)の"Cantico delle Creature"。…って、なぜイタリア土産の中でこれ「だけ」を選んで壁(正確にはサイドボードのガラス戸)に貼ったのか、自分でもよくわかりません。羊皮紙にプリントした、ミニチュア写本風のアッシジ土産。
この「被造物の賛歌」、というより「太陽の歌」といったほうが有名なのかもしれませんが、神が創造したもうた万物に感謝するこの美しい詩は、ふと目にする度に何か自分にも暖かいエネルギーが満ち満ちてくるような心地がするのです。
ダンテDante Alighieriと並び、現代イタリア語の礎を築いたと言われる聖フランチェスコは実は、西洋科学を発展させる源ともなった、と聞いています。

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2006年9月16日 (土)

導気・手当て・呼吸

文字通り「手を当てる」意味での手当て。
体の中で調子の悪い箇所に手を当てると、そこに自然治癒力が起きてくる、らしい。
患部に手を置く事で「ああ、ここが具合悪いんだ」と意識がそこに集中すると、体が回復に向けて動き出すそうです。
ただし、本人に「そこを治したい」気持ちがなければ手をのせたところで何も変化はない。

このように、体の機能が停止している箇所に手を当て、本来の自然治癒力を引き出す方法を整体では「導気」というそうです。本来流れているべきエネルギーの流れを滞らせている場所を探し出し、そこに導気し流れを蘇らせる。
手は実に巧妙なセンサーであり、訓練するとどんどん敏感になり、エネルギーが生じるとか。「気」のエネルギーです。
「気」の持ちようで、人は怒りで体をカッと熱くすることも、恐ろしさでサッと青ざめ体を冷やす事もできる。
それを考えれば、手に意識を集中することでエネルギーが生まれるのは当たり前、なのです。
「手が冷たい人は心が温かい人」—これには全く根拠がありません。
ちなみに私の手は小さい頃から「人間カイロだ」と冬にも重宝がられてきましたが、何とかこれを生かす方法はないものか—と最近ちょっと考えるのであります。
いずれにせよ、手は大切にしていきたいものです。

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2006年9月14日 (木)

レオパルディの言葉

頭痛がするので体温計ったら熱が出ていました。めったにないんですが。翻訳仕事はちょっと休憩し昨日の続きです。(ってこれも翻訳だ…かなり怪しくなるかも)

ジャコモ・レオパルディの絵はがきからの言葉("Pensieri"より):

(CX)
E' curioso a vedere
che quasi tutti gli uomini
che valgono molto,
hanno le maniere semplici;
e che quasi sempre
le maniere semplici
sono prese per indizio
di poco valore.

面白いことだ。
とても有能な人物のほとんど皆が、
単純なやり方をするのを
目にすることは。
そして、ほとんど常に、
単純なやり方が
価値のないあかしだと
受けとめられることを見るのは。

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レオパルディの家

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イタリア中部マルケ州、丘の上の小さな町レカナーティRecanatiは作家・詩人ジャコモ・レオパルディGiacomo Leopardiの生まれ故郷。
イタリアへ身を投じ(てしまっ)た翌年1999年の夏、初めてイタリア人(ナポリ人)の仲間たちとユースホステルを転々としながら旅行した際、この町にもふらっと立ち寄りました。

貴族出身のレオパルディの家Casa Leopardi(http://www.giacomoleopardi.it/)は大邸宅で、一般公開されており、一つの部屋を抜けると別の部屋、そのまままっすぐ抜けてまた別の部屋…と、延々とまっすぐ部屋が続いていたような印象があります(大変うろ覚え)。
とにかく貴重と思える本がずらっとあちこちに並び、趣味の良い落ち着いたインテリアと相まって知的な空間が広がっていました。

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2006年9月12日 (火)

聖フランチェスコ聖堂:地震の犠牲者

2004年11月、アッシジの聖フランチェスコ聖堂Basilica di San Francesco di Assisiで日本からの撮影スタッフと早朝ロケを行った時の事。
上部聖堂の、かの有名なジョットと弟子達の手による「聖フランチェスコの生涯」を撮影するには櫓が必要だったので、アッシジ近郊の町フォリーニョから設備の応援を頼み、二人の青年がトラックで駆けつけてくれました。
黙々と櫓を組み立て、無事撮影が始まり、ハイビジョンのモニターを見ていたG君は、「日本の撮影スタッフは本物のプロだね。一緒に仕事ができて光栄に思うよ。」と本当にうれしそうだったのですが、しゃべっているときひょんなことから(必然といえば必然ですが)1997年9月26日のウンブリア大地震の話になりました。

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2006年9月 9日 (土)

人間の仕事って

7・8月が過ぎたとたん、怒濤のように仕事が集中してきました。
尤も、今のところ根を詰める類いのものではないので幸い。
外で仕事、家に帰って仕事といっても気楽なものです。
しかし、来週後半から約1週間の納期での翻訳が入ることが決まれば、ちょっときついかな。
翻訳をきついと感じること自体、全く未熟であることの現れともいえますが…。
そしてその次には気力・体力的に厳しい仕事が待っている…大丈夫なんであろうか。こんなに急に仕事して。なんちゃって。

ある意味、全く先の見えない生活。
やらせていただける仕事は何でも喜んで引き受ける(責任を負える限りにおいて)、というスタンスでありがたく、いろいろな経験をさせていただいている毎日です。
そんな中で、職人さんや、長年ひとつの会社で働き続ける方たちを目にするたび、憧れのようなものが湧き出て来て我が身をついつい振り返ってしまうのですが、振り返っても結局そうするしかなかったんだよな、と納得するしかない。

何はどうあれ…人間とは「生きる」のではなく、「生かされている」存在なのだという気がします。周囲に感謝する気持ちが強くなるたび、それをひしひしと感じます。

空気があり、水があり、植物や木が育ち、生物が繁殖し…全ての恩恵を受けて、人間は生かされている。
この世が循環しているとするならば…人間は地球に何をお返ししているのだろうか。
頭脳が地球に返す事ができるもの…頭脳は何のためにあり、何のために使うのか、もし自分の中で変わらないテーマがあるとすれば、それを考え続けることかもしれません。考え、行動に移す。職人さんのようにははっきりと形を成さないものを、いかに見える形にしていくか。答えのひとつが「感謝」を行動で示すことかな、とも今は思っています。

2006年9月 6日 (水)

美川憲一の隠し芸

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昨日、NHKのお昼の番組「スタジオパークからこんにちは」に美川憲一さんが出演。
エディット・ピアフから淡谷のり子・越路吹雪へと歌い継がれて来た「愛の賛歌」への思い入れを熱っぽく語っていました。昨年の紅白歌合戦で長年夢だったこの歌が歌えた事を、本当にうれしく思っているそうです。
そして、スタジオでも生でこの歌を。
美川さんの深い人生観が垣間見えたトークの後で耳にした分、聴き入ってしまったような気がします。

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2006年9月 5日 (火)

「ブラボー」バージョン:もとはイタリア語

まぐまぐ出来事2006より:
・友人に誘われ演奏会に行きました。素敵なヴァイオリンの音色にすっかり心を奪われてしまいました。演奏が終わった瞬間、「ブラボー」というところを「ドロボー」と叫んでしまいました。

イタリア語からきたブラボー。さすがに本国で「ドロボー」は聞こえてきませんでしたが、これには4バージョンあります。
言語に近い発音で書くと「ブラーヴォー」「ブラーヴィー」「ブラーヴァー」「ブラーヴェー」。会場ではこうやって語尾を伸ばしますが、普段は伸ばしません。
bravo、発音は「ブラーヴォ」で「r」は巻き舌。
Lui e' un bravo ragazzo.(彼は立派な/優秀な青年だ)、「これはこれこれこういう意味?」「bravo!(そうその通り)」のように、bravoはイタリアで毎日必ず耳にする言葉です。

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うつみ宮土理さんの不思議な習慣

昨日、朝ご飯を食べながら母がつけたラジオを何となく聞いていました。
ニッポン放送のウエチャンが夏休みで、特別パーソナリティはうつみ宮土理さん。
面白い人ですね〜。
朝からあの明るい声を聞いてると、こちらまで楽しくなります。
しゃべる内容も、しゃべる事そのものも楽しんでいるうつみさんの人柄が伝わってきます。

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2006年9月 4日 (月)

まぐまぐちょっと笑える出来事(10)職場シリーズ

こりずに再び始まった、まぐまぐ(メールボックス)お掃除大作戦:

・私の会社の同僚は、とにかく舌が回らない。特に電話に出るときは、いつも笑いを提供してくれるが、この前は「はい、株式会社△△でございます」と言うべきところを「はい、株式会社△△と思います」と言っており、「そうだと思って、電話したのですが…」と突っ込まれていた。
(うめ)

・上司に「そこのボーボー取って」と言われた。何のことかわからずきょとんとしている私に「これだよ、これ」と指差したのは、いわゆる『二色ボールペン』。彼に言わせると「シャープペンとボールペンが一緒になった奴『シャーボ』というだろ?ボールペンとボールペンなら『ボーボー』じゃないか。常識だろ?」。いや、それは「あなたの中での常識」だと思うのだが…。
(シャーボって今でもあるの?)

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2006年9月 3日 (日)

のどかな一日/畑から都会へ

やっと過ごしやすい季節になってきました。
今日の一日は、散歩がてら近所の無人野菜売り場巡りからスタート。
東京住まいの祖母に会いに行く前の買い出しです。

道すがら、やたらと虫が目につきました。なぜだろう。

まず、夏の間は何本かの木の根元にわんさと群がっていたカナブンがこつ然と消えていた。
と思えば、やっと飛んでいるカナブンを一匹目撃。
それが私の目の前で、畑に掘られていた親指大の横穴(斜め穴?)にビュビュッと突っ込んで行った。
巣???餌取り???
なぜかこの齢になって、生き物の生態がやたらと気になる私。
しかし、この年齢とあってはカナブンが穴から出てくるまで待ち続ける時間はない。

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2006年9月 2日 (土)

まぐまぐちょっと笑える出来事(9)に連想ゲーム

またも溜めっぱなしのウィークリーまぐまぐ。5月中旬以来ほったらかしっぱなし。
ひとつ、自分自身の過去が蘇るような話がありました。

・私もオリエンタルラジオの真似をして、お笑い好きの父親にふってみました。
私「父ちゃん、いつものやったげて!」
父「聞きたいか、おれの武勇伝!」
私「そのすごい武勇伝を言ったげて!」
父「伝説ベストテン!」
そのセリフが、終わるやいなや今まで聞いたことがないくらいの大音量で…
≪ブーッ!≫
父「いまのは、伝説ベストスリーくらいだな!」
伝説ベストワンはとても怖くて聞きたくない、今日この頃。
(おとラジ)

…食事前の方、スミマセン。

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2006年9月 1日 (金)

「マイフォト」新規追加しました

マイフォト「花・植物」シリーズを新しく開設しました。ピンぼけばかりです(汗)。
イタリアも若干追加あり。
ゆくゆくは昔撮影したフィルム写真もスキャンして…と考えていますが、まだまだ先のことになるか?
説明書き、相変わらず抜けてますが少しずつ(気が向いたとき)書き込んでいこうと思います、ハイ。

雨が降ると「気分転換」と称し、つい仕事から逃げるクセが…
エンジンかかるのはお尻に火がついてから?
夜にはとりかかるべし!
(雨のせいでも何でもないね、はっきり言って)

サン・マルツァーノ収穫第一号!

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ローマのトラステヴェレで野菜・花の種をまとめ買いしたのが去年の9月頃。
日本に持ち帰り今年の5月、2階南向きベランダのプランターにトマト(サン・マルツァーノ)・ルッコラ・レタス(ローマではカプチーナと呼んでいた、柔らかい葉っぱ)の種を蒔き、ほとんどほったらかしの私。
レタスは全滅(近所に分けた苗も青虫の餌食に)。ルッコラはなんとか生き延び、少しずつサラダに混ぜて食べる事数回。
ひょろひょろ伸びて来たトマトの苗だけは、見かねた母が玄関先に地植え。庭にも別のプランターに移し替え。すると玄関先のほうが西陽しか当たらないのにすくすく育ち、気がついたら細長いサン・マルツァーノが1個、2個、…7個8個etc.と実を結びました。
昨日、赤く熟した第一号をついに(母が)収穫!さわったらポロっととれたそうです。
長旅して約一年でこんなに大きくなってくれて…(って私はほとんど何もしていない…)。
なんだかイタリアで売っていたのよりいびつな感じもしますが、一個じゃトマトソースにもならないので輪切りにしてサラダで食べてみようと思います。
夏も終わり、というのに、続くトマト達が冷害に合わない事を祈りつつ…!(蒔く時期が遅すぎじゃ)
(※写真は庭のプランターで1個だけ育ったまだ青いサン・マルツァーノと収穫第一号)

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