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2006年9月27日 (水)

ショスタコーヴィチの証言

モーツァルトの影に隠れながら、実は生誕百年のショスタコーヴィチ(1906年9月25日生まれ)。一昨日でちょうど百年。
かくいう私も、彼の曲を演奏した記憶はなく…ショスタコフリークはアマチュア音楽家達の間でも結構多いのだと思いますが、私の場合はコンサートで耳にしては「盛り上がる音楽が多いなあ」程度の認識しかありませんでした。
しかし古い本箱を確認してみると…中公文庫の「ショスタコーヴィチの証言」(S.ヴォルコフ編、水野忠夫訳)が出てきました。
読んだ記憶なし。
東京往復の電車の中でわずかに起きていた時間、今日少しだけ読みました。ホントに少しだけ。編者の序文と一章の「真実の音楽を求めて」。
これは…数年前からロシアが何となく気になる私にとっても衝撃的な本になりそうな予感がします。

流血と抑圧のロシア史の中を生き抜いた、音楽家ショスタコーヴィチから言葉を引き出すことに成功した若者、ソロモン・ヴォルコフ。ヴォルコフは16歳という若さでショスタコーヴィチの弦楽四重奏曲についてレニングラードの新聞に批評を書き、それがきっかけでこの偉大な音楽家との交流が始まります。

それは、ヴォルコフがショスタコーヴィチを説得し、レニングラードの若い作曲家に関する本を出版したことから始まります。

「レニングラードの若い作曲家とペテルブルグ音楽院作曲科の関係をショスタコーヴィチに書いてもらおう、とわたしは考えていた。わたしたちが会ったとき、彼自身の青年時代のことからたずねはじめたが、それにたいして、彼はいくらか抵抗した。自分の教え子たちのことを話したいと思っていたのである。わたしは思い切って策を弄することにし、要所要所で、なにか連想させるような話をしては、思い出すよすがとし、人々や出来事を彼の記憶から引き出したのである。
ショスタコーヴィチはしだいにわたしに歩み寄ってきた。彼がついに打ち明けた昔の音楽院の話は、まったくすばらしいものであった。かつて本で読んだり、人に聞いたりしていたすべては、水彩画のように色あせ、見る影もなくなってしまった。ショスタコーヴィチの話は、すばやく描かれたデッサンのようにくっきりとしていて、明確で、的を射ていた。
ショスタコーヴィチの話のなかで、わたしが教科書を通じて知っていた人々はその感傷的な栄光を失った。わたしはしだいに興奮しはじめ、ショスタコーヴィチもそれと気づかず興奮していた。このような話が聞けようとは予想だにしていなかった。つまるところ、ソ連でもっとも希有で価値のあるものは記憶である。それは何十年ものあいだ踏みにじられていたので、人々は日記をつけ、手紙をしたためるよりももっとよい方法を知った。一九三〇年代に『大粛清』がはじまると、恐怖にかられた市民たちは個人にかかわる記録を抹殺した、同時に記憶をも。それ以後、記憶とみなされるのは、毎日の新聞に限られるようになった。…」

「ショスタコーヴィチは音楽でのみ自分を率直に表現するのだ、とわたしはいつも考えていた。…それゆえ、仮面の下から、用心深く、疑り深そうに彼の素顔がのぞいたとき、わたしはひじょうに驚いた。ショスタコーヴィチの話し方は独特で、文体は短く、簡潔で、くり返しが多かった。それでも、それらは生きた言葉、生きた場面であった。もはや、音楽こそすべてを表現しうるもので、言葉の説明などいらないのだ、という考えで作曲家が自分自身を慰めていないのは明らかだった。…」

かくしてレニングラードの若い作曲家たちの本は1971年に発行され、すぐに売り切れてしまいます。しかしその中でショスタコーヴィチの序文は大幅に削除され、現在のことだけに触れていて、一言の回想もなかった。
この出来事が、ショスタコーヴィチにとり「半世紀にわたって彼の周囲で起こった事件のことを世界に向かって説明しようという最後の力強い刺激」となります。
そしてヴォルコフと二人で「回想を続けなくてはならない」と決心し、二人は何度となく話し合うようになりました。
膨大な回想がヴォルコフの編集で文章となり、ショスタコーヴィチは原稿を読んでヴォルコフの仕事を認めます。
ソ連で活字にすることは不可能であるとわかっていても何度もそれを試み、結局失敗。
最終的には相互了解のうえ西側に運び出すことになり、「わたしが死んだら」というショスタコーヴィチのたっての希望を受け入れ、原稿は西側へ渡った後、この大作曲家が亡くなった約一年後の1976年6月、ヴォルコフはニューヨークで本を公刊する決心を固めます。そしてついに1979年の秋、さまざまな人たちの影の尽力が実り、「ショスタコーヴィチの証言」が刊行されました。

日本では単行本として1980年10月に訳本が出版されます。文庫版への収録は1986年。私の手元にあるのは1991年11月再版のもの。
手に楽々とおさまってしまう一冊の文庫本…しかし、この中には一人の聡明な人間が目撃した半世紀が詰まっています。
彼の音楽と証言と。今年の秋に少し辿っていきたいと思っています。

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