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2006年9月17日 (日)

聖フランチェスコと科学

Cantico_fra_parte
なぜかいつも私の目の前にある聖フランチェスコSan Francesco di Assisi(1181?〜1226)の"Cantico delle Creature"。…って、なぜイタリア土産の中でこれ「だけ」を選んで壁(正確にはサイドボードのガラス戸)に貼ったのか、自分でもよくわかりません。羊皮紙にプリントした、ミニチュア写本風のアッシジ土産。
この「被造物の賛歌」、というより「太陽の歌」といったほうが有名なのかもしれませんが、神が創造したもうた万物に感謝するこの美しい詩は、ふと目にする度に何か自分にも暖かいエネルギーが満ち満ちてくるような心地がするのです。
ダンテDante Alighieriと並び、現代イタリア語の礎を築いたと言われる聖フランチェスコは実は、西洋科学を発展させる源ともなった、と聞いています。

それは、聖フランチェスコ大聖堂付属図書館のパードレ・マーグロPadre Magroから伺ったお話。
マーグロ神父は聖フランチェスコ会の歴史に関しては現在世界一ともいわれるほどの研究者で、お目にかかる前の電話でのやりとりから実際お目にかかった瞬間まで「…インタビューに耐えられるんだろうか…」と心配するほどゼーゼーかすれたお声の方だったのですが、ところがどっこいインタビューで話し出すと、信じられないほど声が生き生きとしてきてその長話にこちらのほうがたじたじ、という感じでした。
時間の制約がなければもっと色々伺いたかったんですが…何かこう、「万物はつながっている」ということをマーグロ神父の話からは導き出されるような、まさに聖フランチェスコの「神がつくりたもうた全てのものを称える」の精神を地でいっているような話しっぷりに引き込まれた記憶があります。

なぜ科学が聖フランチェスコから?
それは、聖フランチェスコというよりも、フランチェスコ会が科学を熱心に研究し出した、というほうが正しいのですが、彼らは布教のために世界中を旅しながら、アラブ世界の数学・天文をはじめとした各地の学問をイタリアに持ち込んだのでした。
そして何よりもまず、彼らのコンセプトとは「神の創造物を、よりよく知りたい。その偉大さを我々も解明したい」というものでした。
それが、ルネッサンス時代につながる自然科学の幕開けともいえる時代の始まりだったのです。
キリスト教と科学は、実はおおいに密接な関係にあったのです。

実際にジョットGiotto di Bondoneも手にしたかもしれない、というような書物など、貴重な革張りの蔵書をいろいろとマーグロ神父から見せていただいた中で私が一番驚いたのは、ある本のページにカラーの細密画だったか、帽子をかぶった修道士がなんと、メガネをかけている姿を目にしたときです(!!!)。あの、まんまるい縁のメガネが顔にくっきりと…
「こんな時代からメガネが使われていたんですか!?」
「そうです。ここにもありますが、ほら、人間の目の構造まで修道士たちは熱心に研究していたんですよ」
と、そこで見た別の手書き本のページには、凸レンズに光が当たるとどう屈折するか、が図解してありました。
何しろ、そうやって実験・計算した様子の科学のイラスト・計算式があちこちにあり、かなりのショック。
ルネッサンス時代じゃない、中世13世紀の時代の本がこんなに詳しいとは…
ただ祈るだけではなく、外へとどんどん働きかけていくフランチェスコ会修道士たちの底力を見た思いでした。
彼らの詳しい歴史は全く知らない私ですが、いつか少しでも調べてみたいものだと思っています。

そういった彼らフランチェスコ会修道士たちとジョットとの出会いは、相互に何ものかを生み出した可能性があります。まあそれは、私の勝手な憶測ではあるのですが…
キリスト教時代に突入してから写実が遠のき、それを再び蘇らせたジョットの絵の力強さとフランチェスコ会修道士たちの飽くなき知識欲、ボニファキウス8世の依頼だったにせよ修道士たちとの会話がなければあの一連の大壁画はなし得なかったかもしれない。ありのままを見て分析することが自然科学の始まりだとすれば、ジョットは科学の萌芽を宿した目をもっていました(もちろん、そこに人間らしい感情をたたえる表現法が加わったことで「ルネッサンスの幕開けの画家」といわれるゆえんがあるわけですが)。
もしジョットがあの丸メガネをコソコソかけて絵筆を握っていたとしたら…というのはあり得ないかもしれませんが(アッシジで指揮をとったのは30代?)、この修道会と長く関係を保っていた彼が、自然を師とする心で聖フランチェスコと深くつながっていたことは否めないように思います。

Cantico delle Creatureはきっとジョットもそらんじていたのではないか。
800年の年月を経た今も世界中の人々に愛されるこの歌の深みと広がりには、計り知れないものがあります。
だから私も手元から離せないのかもしれません。Giotto_tobira_basilica

イラスト:Bimba Landmann("Un bambino di nome GIOTTO"- Edizioni Arkaより。日本では西村書店発行)

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