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2006年9月12日 (火)

聖フランチェスコ聖堂:地震の犠牲者

2004年11月、アッシジの聖フランチェスコ聖堂Basilica di San Francesco di Assisiで日本からの撮影スタッフと早朝ロケを行った時の事。
上部聖堂の、かの有名なジョットと弟子達の手による「聖フランチェスコの生涯」を撮影するには櫓が必要だったので、アッシジ近郊の町フォリーニョから設備の応援を頼み、二人の青年がトラックで駆けつけてくれました。
黙々と櫓を組み立て、無事撮影が始まり、ハイビジョンのモニターを見ていたG君は、「日本の撮影スタッフは本物のプロだね。一緒に仕事ができて光栄に思うよ。」と本当にうれしそうだったのですが、しゃべっているときひょんなことから(必然といえば必然ですが)1997年9月26日のウンブリア大地震の話になりました。

「このバジリカの中で天井が崩れ落ちる映像をテレビで見た事ある?」
「もちろん、あるよ。日本でも何度も放映されてたよ。」
「あれを撮影したのは僕の友達だったんだ。」
「え?」
「僕もこういう仕事してるからね。彼はカメラマンで、あのバジリカに入っていった。結局、瓦礫の下敷きになって亡くなってしまったんだ。でも、彼のカメラだけはずっと回り続けてた。フィルムは無事だった。放送されたのは彼のものなんだよ。」
「………」
私のほうはつい言葉を失い、目頭が熱くなってしまったのですが、彼は淡々と穏やかな目で遠い昔話のようにそれを語りました。
瓦礫の下敷きになって亡くなった人は4人。そのうちの一人が友人…。

その日から9年が経とうとしています。
当時、ウンブリアで被災した人々の救済よりも教会の修復を優先する事に関し、非難の声が上がっていました。今このとき生きている人たちよりも文化遺産を大事にするのは本末転倒だ、と。
おそらく、聖フランチェスコその人もまた、自分が決して望まなかった「清貧」とは無縁な教会が建てられ、それが崩れたことで犠牲者が出た事、住民が長年生活の立て直しに苦心した事を知ったら驚いたことでしょう。
けれども…瓦礫の中で人を勇気づけるものもまた、芸術であり音楽であり…人が集える場所であり…
とはいえ「人は水とパンのみにて生きるにあらず」という言葉が真実か否か、それはのっぴきならない状況を体験した一人一人にしかわからないことかもしれません。

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