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2006年12月 3日 (日)

世界がもし100人の村だったら

イタリアでまだ学生をしていた頃。
ナポリの友人と別れ、帰りの列車でローマへと向かう時のことです。
6座席ごとのコンパートメントのひとつに入り込み、座った向かい側にいたのは見事な天然ドレッドヘアのアフリカ人の女の子二人でした。
何がきっかけだったか、二人と話し始めました。
私「どこへ行くの?」
女の子「ローマに働きにいくの」
私「そう。私もローマに住んでるよ」
女の子「あなたはどこから来たの?」
私「日本から」
女の子「そう。日本人は旅行が出来ていいわね。」
この、たった一言がぐさりと心に突き刺さりました。
ローマに着いて路線バスに乗った時もうつろな気分。
家に着いてから思い返したとき、涙が止まらなくなったのを記憶しています。
自分のことがとても恥ずかしくなったのでした。
彼女たちはエリトリア人。
エリトリアはもともとイタリアの植民地でした。
独立したとはいえ独立紛争で疲弊した国では、現在も生きていく事は困難です。
彼女たちは、働くため、生きるためにイタリアにいる。
私はなぜここにいるんだろう。
働いてもいないのに。働くのをやめてわざわざ遠くまで来て、のほほんと勉強している。
今でも、日本の平和すぎるほどの平和を毎日享受している中、ふと思い出すのは彼女たちの姿です。
最後に、彼女たちの髪の毛が不思議で、ちょっといい?と触らせてもらいました。
頭のてっぺんにおそるおそる触れてみると、縮れた髪はとてもふわふわっとして何とも気持よく、つい何度も頭の上をぽんぽんやってしまいました。
あの一言は、私を攻めるでもなく、しんみりとでもなく、ただただ冷めたような、あきらめのような口調だった。
彼女たちに罪があるわけではない。でも、何の仕事をしているんだろう…
聞く事はできませんでした。

もうひとつは、幼稚園年長から小学校低学年にかけてマレーシアに住んでいた頃。
何かの拍子に「日本人に生まれてよかった」と心から思った事がありました。
何がきっかけだったのか。ただぼんやりと考え事をしていたらそういう結論に至ったのか。
その頃、そう思ったことだけが記憶にしっかりと刻み付けられています。
唯一思い当たるのは、クアラルンプールのどこかの界隈で母に連れられ、人であふれた夜の街の一画を歩いていた時のこと。
両脚が完全に切り取られ、両腕だけでぺたぺたと歩く、骨と皮ばかりのおじいさんの姿が目に飛び込んで来たのです。
ものすごくびっくりして、母の手を一層強く握りしめながら早くここを抜け出したいという気持をもちながらも振り返ってずっとそのよろよろしたおじいさんを見ている自分がいました。
浅黒い体にぼろぼろの白いランニングシャツのような服を着たおじいさん。
その頃のマレーシアには、壊疽でなのでしょうか、足を切断された人たちが多かったように思います。
それとも、子供にはあまりにそのような姿の人たちの印象が強すぎたのか…

その出来事をまた思い出してしまいました。
ブログ「飛騨を離れて40年 私の昭和史」のkoriasahiさんの記事(http://blogs.yahoo.co.jp/koriasahi/819212/24732664.html)がきっかけです。
以下、転載します。

もし、あなたが今朝、目が覚めた時、
病気でなく健康だなと感じることができたなら・・

あなたは今いきのこることのできないであろう
100万人の人たちより恵まれています。

■ 世界がもし100人の村だったら ■
 動画で見る100人の村
 「動画で見れますので・・もっと解り易いと思います・・。」

動画提供:NPO法人オアシス
<このページはリンクフリーです。
是非あなたのページでも「100人の村」をご紹介ください>

http://www.oasisjapan.org/100nin.html

もし、現在の人類統計比率をきちんと盛り込んで、
全世界を100人の村に縮小するとどうなるでしょう。
その村には・・・

57人のアジア人
21人のヨーロッパ人
14人の南北アメリカ人
8人のアフリカ人がいます

52人が女性です
48人が男性です

70人が有色人種で
30人が白人

70人がキリスト教以外の人で
30人がキリスト教

89人が異性愛者で
11人が同性愛者

6人が全世界の富の59%を所有し、
その6人ともがアメリカ国籍

80人は標準以下の居住環境に住み
70人は文字が読めません

50人は栄養失調に苦しみ
1人が瀕死の状態にあり
1人はいま、生まれようとしています

1人は(そうたった1人)は大学の教育を受け
そしてたった1人だけがコンピューターを所有しています

もしこのように、縮小された全体図から
私達の世界を見るなら、
相手をあるがままに受け入れること、
自分と違う人を理解すること、
そして、そういう事実を知るための教育が
いかに必要かは火をみるよりあきらかです。

今、置かれている自分の環境と比べて見てください・・。

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