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2006年12月

2006年12月26日 (火)

すごい暴風雨だな〜

いつ終わるともしれない仕事をちびちびやりながらも気になる外の様子。
気づいた時には、かなり激しい音が渦巻きはじめていました。
しつこく咲き続けるトマトの支柱も、この突風で倒され窓に寄りかかっていたり。
さすがにこの雨じゃあふてぶてしいヒヨドリも来ないだろう。
というかもう真っ暗闇だからどこかで雨宿り&スリープですね。
それでも、彼らは午後早い時間、小降りになったところを見計らい、またしても外でぎゃーぎゃー鳴きわめいていました。

久しぶりだなあ、こんなに薄暗い一日は。
というか、冬の雨らしからぬ、熱帯低気圧的暴風雨は何やら不吉な感じさえします。日本全国この調子?
富士山はどんな様子だろう。
上空はゴオゴオ鳴り始め、雨音も強い。
小田急線、大丈夫かなあ・・・最近、めっきり調子悪くなっているので心配です。
(自分は自宅だからいいけど、妹が気の毒)

みなさん、今日は早めに退社しましょうね。

「のだめ」が終わり、残るものとは?

もうひとつの我がブログhttp://blogs.yahoo.co.jp/sndmkk/9722110.html からの転載です。悪しからず。
Bassoon

テレビドラマはまず見ないんですがね。
見てしまいました、「のだめ」だけは・・・。
といっても10月に一度、12月に入ってから全部、という程度です。
わずかの間でしたが、楽しませてもらいました。

今日は「のだめ」の終演/終焉を惜しむかのように雨が降っています。違うか?

レビューはおそらく怒濤のように書かれていることでしょうから、あえてここでは書かない事にしましょう。

それにしてもテレビの洗脳力とは恐ろしきかな。
今や、ベートーヴェンの7番=「のだめ」、という方式が日本では確立してしまったような。
ベートーヴェンが「能天気」な作曲家になりつつあります・・・なことないかな?
しっかし、やはり何度聴いてもいい曲ですね。
心にストレートに訴えてくる響きが素晴らしい、の一言に尽きます。
体の細胞がすみずみまで感極まるのがわかる。

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2006年12月25日 (月)

歩く。

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歩く。ただ歩く。
何も持たず、何も考えずに前へ進む。
ちょっと脇へそれ、何の変哲も無い草むらに入ってみる。
草を踏みしめ、忘れていた香気がふうっと鼻をくすぐる。
なつかしい。どこで嗅いだのだろう。
魂だけが過去へ戻ろうとして、今の自分を置き去りにしていく。

・・・進もう。
アスファルトに戻る。
気の遠くなるような太古の生物が堆積して、我らが人間の足に代わりエネルギーを生み出している。
堆積物から発するエネルギーを糧とし回転する四つ足が、すぐ脇で死体の臭気を絶えずまき散らしては去っていく。
地中深くにずっくりと堆積していた無数の死体は、我々の手から汲み上げ尽くされんとし、地上で燃やされるのだ。
そっとしておけばよかったのかもしれない。
今、我々は絶えず死の臭気を嗅いでいるのだ。
地上と地中の位置関係を撹乱し、今我々は、どこかに進もうとしている。

薪の煙が鼻に届く。
同じ生き物が燃やされる。
一方は我々も存在しなかった遠い過去の、もう一方は今も育ちうる生き物の。
この香りの違いは何にあるのだろう。

歩き、立ち止まる。
夕闇も消え鈍く沈む青空を、こちらもまた気の遠くなるような時間を費やしてつくりあげられた山々が、心地よい線を描いて切り取っている。
重なる山々の境目に、うっすらと空気の存在が読み取れる。
あの山々から、今を生きる生物たちの呼吸の産物が、我々のもとに届くのだ。
死体をさらに酷使し舞い上がる臭気と、生きものたちが我々に与える命の空気。

山を浸食していく我らが住処。
なぜ、我々はこんなにも地上に増幅していったのか。

再び歩き、坂を下る。
全ての風景と感覚が、消える。

2006年12月24日 (日)

朝からブログが重い!

でも重いのはこちらじゃなくて、Y○○○○のほう。
自分のブログにアクセスできませ〜ん!
機動性etcを考えて別途始めたブログですが、時間帯によってえらく負荷がかかるので困りものです。
なるべく早朝に済ませたほうがいいことは最近よくわかったので、今日も早々にご挨拶回りをしたら、逆にそれが祟ってしまったのかも。今の時間帯は最悪のようです。さすがはクリスマスイブ!
お正月がまた正念場かなあ?
まっ、仕事するしかないですね。しかしそっちのアクセスも大丈夫だろうか・・・?まず大丈夫だろうけれど。

こちらのブログをわざわざ訪問してくださる方は皆無かもしれませんが、ひとまずこの場を借りてお詫び申し上げます・・・アクセスのために時間を割いていただいた方、皆さんへ心温まる聖夜をお祈りしています。
何かあったらこちらへコメント残してくださ〜い。多分、こっちのほうが早いと思います。
(いないと思うが。再三ながら)

もう少し経ったら、再挑戦してみるか。

しかし、ネット社会もなかなかうまくいかず、難しいものですね。
あるのが当たり前になると、それはそれで問題かもなとふと考えます。

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2006年12月23日 (土)

15000アクセス突破。

おかげさまで1万5千アクセス、今日到達したようです。
ありがとうございます。

2006年も残りわずか、明日は日本のあちこちでパーティーが開かれる事でしょうが、
そのためにこそお仕事、という方も多い事でしょう。
皆さんにとって、素敵な一日でありますように。
私の場合、「そのためにこそ」じゃなく仕事せざるを得ませんが、楽しんでやろうと思います。
夜は一家でのささやかなお食事が待っている、それを糧にしつつ!?

ところで我が家のポインセチア、買い求めて約10日ほど経ちます。
赤い葉は何とか保っていますが、下葉だけはぽろぽろと落ち始めています。
25日まで、せめて上の部分だけでも元気でありますように!
愛情が足りないのかなあ〜・・・できる限り太陽を追うように鉢を置いてあげてはいるけど。
水やりのタイミングが今ひとつわかりません。
少なくともあと二日、がんばれ!
(でも二日過ぎればあとはいい、というわけではないのよ〜)

2006年12月19日 (火)

一冊の本から広がる事

いつまでも終わらぬ仕事を続けております。
(でも自業自得!)
翻訳本の中で読者にとっては説明が必要な用語、人物のことなどを調べつつ、今までやったこともないような分野の仕事が入ってくる。そちらの勉強もやらねばならない。
年賀状は元旦書きになってしまうだろうか・・・元旦ならまだいいほうかもしれません。

たとえば著者が次々と引き合いに出す人物たちを調べていると、ついつい一人一人の偉業に感心するばかり。
彼らの人生を読んでいるばかりで、まとめる段になるとこれが難しい。
用語を調べれば、イタリアにこんな歴史があったのか、とまたまた目が開かれる思い。
「ほおー」「へえー」とやっていくうちに、時間だけが経っていく・・・!!!
己の非力さばかりが情けなくなる今日この頃です。

一冊の本に関わった事で、18〜20世紀頃のイタリア人の著作が無性に読みたくなってきました。
目下のところ一番興味を引くのはG.パピーニでしょうか。同時代人が彼に宛てたメッセージを読んでいると、その強烈な個性と知性が目に見えて浮き上がってくるようです。批判精神に満ちあふれながらも、膨大な著作には首尾一貫した彼固有の哲学が宿っている・・・。
須賀敦子さんの本を読んでいても、「これは是非今度・・・」と思いながら読まずじまいの作家も多々あるのですが、果たしていつになったら読書の愉悦を味わえるやら。

もう少し、時間のやりくり上手になりたいものだ。
田舎住まいはこもりきりなら支障ないのですが、出て行かなければならないときには時間と別途、パワーを要します。
そのあたりが課題のひとつとなるのかもしれません。

2006年12月16日 (土)

ちょっと寒い朝。

久しぶりに冬らしい朝を迎えたような。
一見、西高東低のようですが果たしてどんな一日になるのでしょう?
ヒヨドリが朝から我が家の梅の木に止まり、何か(金柑?)を虎視眈々と狙っている様子。
でも、私の視線に殺気を感じたのか「ヒヨッ!」と一言鳴き残して飛んでいきました。
「ヒヨッ!」と同時にヒヨドリのくちばしからは白いもやがふわふわっと。
鳥も呼吸している。
当たり前だけれど新鮮に感じた冬の朝の一こまです。

げっまた戻ってきてやがる!コラッ!!!
また今日も鳥との闘いが待っているのであった・・・でも見張ってなんかいられないよ〜

2006年12月15日 (金)

抱腹絶倒!?波乱のイタリアオペラ!

父が朝日新聞の朝刊で涙を流しています。

郷富佐子特派員メモ(ちょっとだけ実際の記事と語調変えてある部分・省略も。ご了承ください):

1)ミラノ・スカラ座のヴェルディ「アイーダ」の上演で、テノール歌手が客席のブーイングで腹を立てて退場!
取り残された相手役がデュエットを一人で歌い、あわてて出てきた代役はジーンズ姿で歌の続きを・・・

2)ローマ歌劇場。ワーグナー「さまよえるオランダ人」のゼンタ役ソプラノ歌手。途中から演技ではなく苦しそうに歌うのが気になった執筆者である特派員。休憩時間に入りアナウンス「ゼンタはもう歌えません」。地元客は怒り、イタリア語がわからない外国人は当惑、場内はちょっとした騒ぎに。
次の幕で登場したゼンタを見た客席からは「おお」というどよめきが。か弱い印象だったゼンタが「非常に」ふくよかになっていたのだ。「ゼンタが急に太るなんて」と隣席の女性。しかし歌はうまく、温かい拍手が送られた。
最後にブーイングを受けたのは演出家。「歌手の体調ぐらい事前に知っておけ」と叫ぶ人も。その通りだが、「はっきり言うなあ」とびっくりした、とは特派員氏。

イタリアのテレビドラマの「臭い立つような」演技見てるより、よっぽど面白いのがイタリア人の日常。
バスの中では一番うしろ(またはとにかく後ろのほう)に座って、車内に突然もちあがる騒ぎをウォッチングするのが私の趣味(?)でした。
おいおい紹介したいと思いますが…。

確かに、大枚払ってその時を楽しみにしていた聴衆にとっては、眉を吊り上げるだけではすまない出来事かもしれません。自分もその立場にいたら、とも思いつつ、父が読み上げる記事には笑うしかありませんでした。
「イタリアオペラ波乱の幕開け」というので、「なに、ミラノスカラ座もついに『超』赤字で首が回らなくなったの?」とすかさず訊ねたらそういう内容だったとは。

「あ〜面白いねえイタリアって国は!」
父は笑うだけ笑ってその記事を限りに新聞を置いて消えてしまったぞ。

2006年12月12日 (火)

「のだめ」で両親がうなずいたこと:「誰かに似てると思ったら」

テレビドラマを全く見ない私が最近見始めてしまった「のだめカンタービレ」。
なんと父までが昨日初めて見たのですが、最後まで大ウケしていました。
「あ〜最近よく新聞で出てるのこれか。漫画大人気なんだろ?」と。

ドラマが半分ほど終わったところでふと母が一言:
「ああ、わかった。」
え?何が?
「この男の子、誰かに似てると思ったら若い頃の近藤正臣に似てるわ」
すかさず父が「ああっ!そうだー!どおりで見たことある顔だと思った!そうそう!!!」
とやたらうなずき始めた。
若い頃の近藤正臣・・・あの、そう言われてももともと芸能ネタ浦島太郎ヘビー級の私にはまったく・・・
「近藤正臣だねえ」
またも父はひとりごちるのでした。

思わずネットで調べてしまった。
ああ〜、なるほど〜、と思った次第でありました。
Kondo_masaomi

ところで、先週見られなかったので録画したものも遡って見ましたが、そのあとのSMAPの番組(『ビストロSMAP』ね)にまで登場していたのが上野樹里ちゃんと玉木君!
どちらも「のだめ」のノリじゃあないですか。あれが素なのか、キャラが強すぎて現実界にも入り込んでしまったのか?そのままじゃないか。
玉木君の食べっぷりには驚きましたが、あそこまで「バク!」「バク!」とやられると、作るほうはうれしいよなあ。それに心の底からという勢いで発する「ウマイ!」の一言。しかも凄い目。表情豊かだ。
SMAPの番組のほうが、笑えました。
「のだめ」でこれからますますパワーアップしそうな二人です。Tamaki_hiroshi_1

2006年12月 8日 (金)

ブログ開設1周年過ぎました

Lunaquasipiena6dic06_1

ちょうど昨日でココログ開設一周年だったのでした。
一年、あっという間ですね。
思いつくままに書き連ねるのみのブログですが、つたない内容ながら時々足を止めて読んでくださる方、あるいは写真を眺めてくださる方々、ありがとうございます。
最近は再び更新が滞りがちですが、ほそぼそと続けていきたいと思っておりますので今後ともよろしくお願いします。

2006年12月 7日 (木)

渋谷出動中

渋谷出動中

映画「クリムト」観てきます。感想はいずれ。

2006年12月 3日 (日)

世界がもし100人の村だったら

イタリアでまだ学生をしていた頃。
ナポリの友人と別れ、帰りの列車でローマへと向かう時のことです。
6座席ごとのコンパートメントのひとつに入り込み、座った向かい側にいたのは見事な天然ドレッドヘアのアフリカ人の女の子二人でした。
何がきっかけだったか、二人と話し始めました。
私「どこへ行くの?」
女の子「ローマに働きにいくの」
私「そう。私もローマに住んでるよ」
女の子「あなたはどこから来たの?」
私「日本から」
女の子「そう。日本人は旅行が出来ていいわね。」
この、たった一言がぐさりと心に突き刺さりました。
ローマに着いて路線バスに乗った時もうつろな気分。
家に着いてから思い返したとき、涙が止まらなくなったのを記憶しています。
自分のことがとても恥ずかしくなったのでした。
彼女たちはエリトリア人。
エリトリアはもともとイタリアの植民地でした。
独立したとはいえ独立紛争で疲弊した国では、現在も生きていく事は困難です。
彼女たちは、働くため、生きるためにイタリアにいる。
私はなぜここにいるんだろう。
働いてもいないのに。働くのをやめてわざわざ遠くまで来て、のほほんと勉強している。
今でも、日本の平和すぎるほどの平和を毎日享受している中、ふと思い出すのは彼女たちの姿です。
最後に、彼女たちの髪の毛が不思議で、ちょっといい?と触らせてもらいました。
頭のてっぺんにおそるおそる触れてみると、縮れた髪はとてもふわふわっとして何とも気持よく、つい何度も頭の上をぽんぽんやってしまいました。
あの一言は、私を攻めるでもなく、しんみりとでもなく、ただただ冷めたような、あきらめのような口調だった。
彼女たちに罪があるわけではない。でも、何の仕事をしているんだろう…
聞く事はできませんでした。

もうひとつは、幼稚園年長から小学校低学年にかけてマレーシアに住んでいた頃。
何かの拍子に「日本人に生まれてよかった」と心から思った事がありました。
何がきっかけだったのか。ただぼんやりと考え事をしていたらそういう結論に至ったのか。
その頃、そう思ったことだけが記憶にしっかりと刻み付けられています。
唯一思い当たるのは、クアラルンプールのどこかの界隈で母に連れられ、人であふれた夜の街の一画を歩いていた時のこと。
両脚が完全に切り取られ、両腕だけでぺたぺたと歩く、骨と皮ばかりのおじいさんの姿が目に飛び込んで来たのです。
ものすごくびっくりして、母の手を一層強く握りしめながら早くここを抜け出したいという気持をもちながらも振り返ってずっとそのよろよろしたおじいさんを見ている自分がいました。
浅黒い体にぼろぼろの白いランニングシャツのような服を着たおじいさん。
その頃のマレーシアには、壊疽でなのでしょうか、足を切断された人たちが多かったように思います。
それとも、子供にはあまりにそのような姿の人たちの印象が強すぎたのか…

その出来事をまた思い出してしまいました。
ブログ「飛騨を離れて40年 私の昭和史」のkoriasahiさんの記事(http://blogs.yahoo.co.jp/koriasahi/819212/24732664.html)がきっかけです。
以下、転載します。

もし、あなたが今朝、目が覚めた時、
病気でなく健康だなと感じることができたなら・・

あなたは今いきのこることのできないであろう
100万人の人たちより恵まれています。

■ 世界がもし100人の村だったら ■
 動画で見る100人の村
 「動画で見れますので・・もっと解り易いと思います・・。」

動画提供:NPO法人オアシス
<このページはリンクフリーです。
是非あなたのページでも「100人の村」をご紹介ください>

http://www.oasisjapan.org/100nin.html

もし、現在の人類統計比率をきちんと盛り込んで、
全世界を100人の村に縮小するとどうなるでしょう。
その村には・・・

57人のアジア人
21人のヨーロッパ人
14人の南北アメリカ人
8人のアフリカ人がいます

52人が女性です
48人が男性です

70人が有色人種で
30人が白人

70人がキリスト教以外の人で
30人がキリスト教

89人が異性愛者で
11人が同性愛者

6人が全世界の富の59%を所有し、
その6人ともがアメリカ国籍

80人は標準以下の居住環境に住み
70人は文字が読めません

50人は栄養失調に苦しみ
1人が瀕死の状態にあり
1人はいま、生まれようとしています

1人は(そうたった1人)は大学の教育を受け
そしてたった1人だけがコンピューターを所有しています

もしこのように、縮小された全体図から
私達の世界を見るなら、
相手をあるがままに受け入れること、
自分と違う人を理解すること、
そして、そういう事実を知るための教育が
いかに必要かは火をみるよりあきらかです。

今、置かれている自分の環境と比べて見てください・・。

波乱?の一日の幕開け

山形弁のシャンソンを流す父のラジオ。父によればサカタさんというシャンソン歌手の方だそうです。
そのかたわらで、ネット情報の心もとなさから古いクロード・モネの展覧会カタログを引っ張り出して読み出す私。
山形弁はいつしか本物のフランス語に変わりましたが…気がついたら演歌の曲に。
ああ〜いずれにせよ気が散ります。
プライヴェートが守れない一軒家での在宅仕事、誘惑に負けずに集中するのが何よりも困難であります。
ということでちょっと一服。
今日の天気ははっきりしませんが、午後には散歩に行こうか。
その前に集中力をつけるための修行と思ってやるべし、やるべし。

でも1992年10月、渋谷のBunkamuraザ・ミュージアムで開催されたボストン美術館展のカタログ、読み始めるときりがなさそうです。
美術展カタログはなかなか読み込むことはありませんが、カタログづくりのために関わった方々の気合い(思い入れ?)が伝わってきます。
今日は飛ばし読みにしておきますが、冬のどんよりした一日にゆっくり家で過ごしたい時にでもじっくり味わってみたい一冊。

おっラジオが消えた!
さて、今度こそ集中するか…

2006年12月 2日 (土)

やっぱり「焼き芋」がおいしい

サツマイモといえば、うちではいつも蒸し器で蒸かし芋、またはみそ汁、あるいはリンゴと煮込んでデザート風…という感じ。
しかし数日前、母が初めて魚用グリルで焼いたところ、これが大ヒットでした!
もうすでにそういう方法とっているお宅も多いのかもしれませんが、ホックホクでこれは美味い。
蒸かし芋はやっぱり水っぽくなってしまうんですよね。
今日の昼ご飯もアンコールということで、焼き芋となりました…(焼き芋と柿、なんちゅう昼ご飯?とお思いでしょうが、これぐらいのほうが意外と午後の仕事に集中できると最近わかった。私の場合。)
グリル器に水を張り、あとはお芋を並べてちょっと弱めの火で時々転がしながらまんべんなく火が通るようにします。
串を刺してみて、すっと通るようになったら出来上がり。
今日はほんのちょっと焼きが足りなかったかも。
前回は焦げすぎて随分もったいないことをしたので、おっかなびっくり焼いたという感じ。
今度アルミ箔を上にかぶせてトライしてみようと思います。それなら焦げ付きの心配はないかな?ということで。
…ああ〜そろそろまたお腹が空いてきました…こういう時ほど頭がすっきりする時もあれば、血糖値が下がりすぎて眠くなってしまう事も。
今日はどちらかというとすっきりのようなので、もう一踏ん張りがんばるか。

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