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2012年4月27日 (金)

垣添引退会見その3:地元新聞より

やっぱり地元の新聞は丁寧ですね。
それにつけても未だ淋しさが募るのであります・・・

あまりに寂しいので、病み上がりだけど「両国にぎわい祭り」デビューしてしまおうか?と悩み中^^;
おいしいちゃんこを食べたら完治するかしら~なんて。
親方トークショーとか稽古総見とか・・・行きたいよ~~!!!!><
ああどうしよう!

いやそれはともかく、大分合同新聞より:

垣添が11年の土俵人生振り返り会見

[2012年4月27日 11時18分]

11年間にわたる力士生活に終止符。記者会見で「全て出し切った」と述べ、晴れやかな表情で質問に答える大相撲元小結・垣添の押尾川親方=26日午後、東京・両国国技館

11年間にわたる力士生活に終止符。記者会見で「全て出し切った」と述べ、晴れやかな表情で質問に答える大相撲元小結・垣添の押尾川親方=26日午後、東京・両国国技館

 引退した大相撲元小結・垣添の押尾川親方(33)=本名垣添徹、宇佐市出身、藤島部屋=が26日、東京・両国国技館で記者会見を開いた。けがで苦しい時期の励みになった藤島親方の言葉や、同じ25日に引退した日体大相撲部の同期で元幕内・剣武(藤島部屋)の宮本一輝氏(33)=埼玉県出身=と切磋琢磨 (せっさたくま)してきた日々を述懐。時折、笑顔をのぞかせながら、11年の土俵人生を振り返った。

 ―引退を決意したきっかけは。

 「春場所(3月)を終え、力が入らなくなった。引退の2文字はずっとちらついていた。最低ラインの勝ち越しができないなど結果が出ず、自分の相撲が取れなくなったことで決心した。今はすっきりした気持ち。全て出し切った」
 ―一番の思い出は。
 「入門から引退まで、一番一番の全てが思い出。体が小さい分、気持ちでカバーしてきた。場所や稽古は苦しかったが、頑張った分、楽しいことも多かった。三役に駆け上がったころは体もよく動いたし、思い描く相撲が取れることが多く、充実していた」
 ―けがもあり、思うような相撲が取れない時期もあった。
 「昨年1月の初場所はどん底だった。親方の『頑張れ。大丈夫だ。稽古と治療に専念しろ』という励ましの言葉があり、歯を食いしばってやってきた」
 ―年寄「押尾川」を襲名する。描く親方像は。
 「藤島親方をはじめ、先輩たちをサポートしていきたい。剣武が幕下で苦労しながらも稽古に励む姿を見てきた。頑張れば何でもできるということを、指導する中で若い力士たちに伝えていく。少々つらいときでもこつこつやる、精神的に強い力士を育てていきたい」
 ―多くの大分県民が応援してきた。郷土への思いは。
 「地元の人とは普段なかなか会うことはできないが、けがをしたときも、幕下に転落して苦しいときも、励ましの言葉をたくさん頂いた。感謝の気持ちでいっぱいです」


毎日新聞地方版より:

大相撲:突き押し人生第2章 垣添さん引退、温かい拍手 /大分

毎日新聞 20120427日 地方版

 宇佐市出身の元小結、垣添徹さん(33)=本名同じ=が引退、年寄押尾川を襲名した。高校時代の恩師らは惜しみつつ「よく頑張った」とねぎらった。

 宇佐産業科学高時代に選抜高校相撲宇佐大会(毎日新聞社など主催)へ3年連続出場。3年の時には個人の部で準優勝した。当時指導した真砂昌史さん(現同高教頭)は「けがに泣かされ限界だった。精いっぱいやり、悔いはないでしょう」。

 学生横綱に上り詰めた日体大で、同市出身同士で公私ともども可愛がった塔尾武夫元学長(川崎市)は「現代相撲は立ち会いの悪い力士が多いが、垣添は両手をしっかりつける力士の模範でした。双葉山に通じるものがあります」と惜しんだ。

 父親の代から垣添家の主治医だった時枝正昭・前宇佐市長は「故郷に帰ってきたら、いつも会いに来てくれました。ニコニコしながらあいさつする好青年が徹君です」。ファンの一人、建設会社を経営する江河好洋さんは「もう少し活躍を見たかった」と残念そう。

 垣添さんはわんぱく相撲時代から活躍。華々しいアマチュア戦歴を引っ提げ、01年に角界入り。けれんみない突き押しの力士として人気を博した。【大漉実知朗】



垣添ちゃん、愛されてたね・・・。
私も、やる気満々の垣添ちゃんの相撲が、仕切りから始まり本当に大好きでした。
正直、過去形にしたくないのだ・・・。
観戦初心者の私は、垣添ちゃんの相撲人生のピークさえ知りませんでした。
でもそんなことに関係なく、垣添ちゃんの相撲に対する姿勢には、他の力士には無い何かビシバシと伝わるものがあったのです。
だからこそ、ついついこれまで応援してしまった垣添ちゃん・・・なのです。
どれだけ垣添ちゃんの姿に勇気づけられたことか。
気合十分の姿が、どれだけ私に元気をくれたことか。

ただ取組を見るだけでその他付随情報に全く疎い私は、垣添ちゃんがそんなにも満身創痍だったとも知らずにいたのです(;ω;)
でも、知ってたらもっと辛くなってたと思うので・・・これで良かったのかもしれない。

何よりも、全てをやり尽くした姿が今見られたことが幸せです。
しかし垣添ちゃんの笑顔は・・・大人だね(笑)

そして考えてみれば、垣添・剣武・雅山・武州山・・・
皆、藤島部屋の力士たちは相撲に対するひたむきな姿勢が素晴らしい。
それは武双山関と出島関の影響も色濃いから、ということなのでしょうか・・・?
そこに加わる垣添ちゃん。

よし。私は、これからも雅山と武州山を応援するぞ~~~!!!!翔天狼もがんばれ~~~!!!

今年の五月場所まであと少しです!

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