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2013年6月23日 (日)

オーケストラと相撲甚句

東京藝術大学主催の学長と語ろうこんさーと
くじ運が悪いので期待せず一枚だけ往復ハガキを出したら、先月末に「当選しました」と返信ハガキが来たのでビックリ。
今日(というか22日)、行ってきました(^ω^)

Img_20130622_0001

実は芸大オケを聴くのも初めて。わくわく。
で、こちらの奏楽堂かと思いきや。

Dscf0157

違った・・・
「1時半から整理券受付開始・満席になると入場できない」というとんでもない文言がハガキにあったのにも拘わらず、思ったより「夏目漱石展」が見応えあり過ぎて芸大美術館を出るのが遅れ、1時45分頃?奏楽堂があまりに静まり返っているわ門は開いてないわで「まさかもう整理券配布終了か!?」と慌てる自分。
しかし・・・芸大にはキャンパス内に新しい奏楽堂があったのでした(滝汗)
旧奏楽堂を半周して、都美術館の門衛さんに聞いちゃったよ^^;

 

Dscf0158

まさに夏目漱石展開催中の美術館の真向かいに、芸大。初めて門をくぐりました。
そして、無事新・奏楽堂で指定席券引換に成功(笑)
そこでチケットを見て「ゲスト:八角親方」「ベートーヴェン:交響曲第五番『運命』」を初めて認識。。。( ̄▽ ̄;) というか、だいぶ前に芸大の案内ページを読んでたのに全く覚えてないって一体w
そうでした、八角親方がいらっしゃるのでした!!!全く頭から抜け落ちてた(勢関と甚句メンバーのことしか考えてなかったw)
八角親方にベートーヴェン!
ますます楽しみに、遅いランチをまた向かいのミュージアムカフェへ行って済ませた後、3時前に再び奏楽堂へ。

門を入ってまっすぐ行くと、音楽の小道という感じで・・・緑も生き生き。

Dscf0159

こんな言葉とか・・・

Dscf0160

その言葉の主。

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ショパン。

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ベートーヴェンのレリーフなども。そして新・奏楽堂。

Dscf0162

座席は1階の後ろ半分のブロックの右寄り一番前でした。
これがのちのち、ベストポジションだということが判明(≧∇≦)

第一部が始まる前のステージには、向かって左に大きな「輝」の書、その左にトーク用の椅子とテーブル、そしてそれより右寄りにはぴかぴか光るオブジェが三つ、雛段に置かれたりしていました。Dscf0169 (開始前だったので撮影はオーケーかと思われます。違ってたらどうしよう^^;)

これらはすべて宮田亮平芸大学長の作品で、学長は学生の卒業式に長い言葉よりも壇上で書のパフォーマンスを見せ、一文字を学生さんに手向ける・・・ということをされているそうで、昨年度(確か)はこの「輝」(偏は「光」ではなく旧字は「炎」だったらしい)を書かれたそうです。
そして、まさにこの「輝」の字は今日この日の八角親方のためにある字だ、というコメントが(笑)

うっかりしていたのですが、宮田学長は2010年3月から横綱審議委員会委員でいらしたのですね。
白鵬関が63連勝した時に、一番右にあるオブジェを白鵬関のために制作されたのでした。
(※その時の記事がこちらにあり)
宮田学長、完全に単なる「大相撲ファン」の顔となっており(w)、八角親方が登場すると「一緒に記念撮影を」なんてこのオブジェの枠に収まるように入ってツーショットしてましたΣ(;・∀・)

八角親方(北勝海)は、グレーのスーツに綺麗なスカイブルーのネクタイでご登場。
そして宮田学長は、1945年生まれと思えないほどの若々しさ。
「決して大きい方ではなかった」と言われる八角親方と並ぶと、子供のようなデコボコ具合(そう言う意味での若々しさではないのですが^^;)。
現役時代の北勝海の締め込みの色に合わせてエメラルドグリーンのネクタイをわざわざ選んできた学長。そして言われるまで全く気付かなかった八角親方(笑)というか、遠目に見てもエメラルドグリーンには見えなかったけど・・・?
ちなみにその締め込み、勝昭くんが当時その色を選んだらしく、北勝海は「師匠の指示だから」と仕方なく(?)つけていたとか?でも学長に「(エメラルドグリーンの締め込みが)好きです」と強制的に言わされておりました。

さて。前置きでは「会場の皆様、今日は私もリハーサルをあえて聴かずに本番を楽しみにしてきました。今日のこのコンサートを聞き終えたら『良かったね』だけで終わらせず、是非みなさま一人一人が伝道師となって相撲の伝統の素晴らしさを伝えてください」と宮田学長の一言が。
ハイ、仰られる通りにわたくし、このブログ記事にて伝道師の役を買って出ますよ!だから記事も長いよ~(前置きが長すぎるだけか)。

学長の作品ひとつひとつの説明と、最後のツーショット撮影(w)が終わると、用意された対談コーナーに二人が座ってトーク開始。武田葉月さんの「横綱」のエピソードにもある話ではありますが、ざっと。

御両親が十勝で漁師をいとなんでいた八角親方。小学校の卒業文集で「僕は将来お相撲さんになって、芝生のついた家を建てます」と書き、しかもカギカッコをつけて「厳しいかもしれないけれど、何が何でも僕はやります」とまで宣言。でも実はまだ夢は実現していない。家は建てたが庭には「人工芝」。
中学三年生で上京して東京の中学に通う自分が、実際に目にした力士の稽古風景を見て壁の厚さを感じ、「せめて十両まで上がりたい」と思うところから実はスタートした。
あまりに稽古熱心だったのでちゃんこ番を免除されて稽古に邁進し、横綱に昇進してからは腰の大怪我(椎間板ヘルニア)で大変辛い思いをした。同部屋の千代の富士がちょうど53連勝している最中に、片や自分は病院でリハビリ生活。休場してすぐの場所では「北勝海は今入院してリハビリを頑張っています」とNHK実況中継中にもアナウンサーからコメントがあったのに、千代の富士が連勝を続けていくうちに最後には何もコメントさえされなくなった・・・横綱として忘れ去られたようで、辛くて大相撲放送も見られなくなった。
リハビリは壮絶を極め、毎日8時間。稽古よりも長い時間を費やし、青になった横断歩道を赤になるまでに歩き通すのが精一杯だった時から、半年をかけてようやく復活。
鍼もマッサージも、マイナス190℃の部屋に30分入るという治療も、なんでもやった。毎日腹筋背筋を千回、「100やれ」と言われれば「200」やる生活。稽古も好きじゃないが、もっと単調でもっと辛い生活。しかし復帰して千代の富士に「胸板が休場前より厚くなったな」と言われたのが嬉しかった。そうして復活場所で優勝。
4人いた横綱が次々と引退していき、ついに一人横綱となってしまった北勝海。左膝負傷という体を抱え、本当なら「稽古で上がって来た自分が稽古ができない体になってしまった」時点で引退したかったが、お客さんのためを考えたら横綱土俵入りの無い大相撲は申し訳ない、と、気力は正直なくなっていたが必死に綱の責任を務めた。
そして平成4年初場所ついに全休、翌三月場所はダメなら引退のつもりで出場したら、三日目に師匠・北の富士に「休場だ」と電話で言われ、休場。その後の春巡業はなんとか横綱として土俵入りを務め、翌五月場所は「五日間ならなんとかできると思うけど、その後のことはわからない」と師匠に言うと「それなら引退だ」と言い渡され、五月場所が始まる二日前に引退。
その一年後、師匠と二人で飲んだ時に「あの時どうしてすぐ三月場所で引退させてくれなかったんですか。自分は引退したかったのに先延ばしにして」と言ったら「あらそんなふうに思ってたの?」と北の富士。
苦しいこともたくさんあった。中三の時、相撲界に入門するのは心配で反対だった母の顔もまともに見られなかったが、プロペラ機で東京へと出発する前に飛行場で「母ちゃん、俺やってやるからな!」と力強く言って旅立った。そして言葉通りに横綱まで務め上げられたことは、何よりも嬉しい。

・・・合間に5分ほど、現役・保志と北勝海の映像が流れたのですが、見終えたあと宮田学長、感極まって涙を拭いている状態・・・^^;現役時代をリアルタイムで見ている分、当時を思い出して胸が熱くなられたようです。
かくいう私も映像に限らず、話を聞いていて何度も目頭が熱くなってしまったのではありますが・・・時々は日馬富士関の現状もついつい重ねてしまいながら・・・。
しかし、「小錦は今見ても怖いですね」と八角親方、一言w
「花のサンパチ組」(北勝海、双羽黒、小錦、寺尾、琴ヶ梅など)も個性豊か。そして強かった世代でもある。その中で綱を張れたことも嬉しかった、という話もあったかな?

一人横綱時代は、それまで「100」と言われたら「200やる」だったのが、「100」→「100」、そして「100」→「50しかできない」、つまり気力そのものが無くなった、という話が印象的でした。ちょうど若貴が力をつけてきた時代で、当時は言えなかったけれども「俺はもういいかな」という気持ちになっていたそうです。
優勝がかかる一番になると、特に優勝決定戦などは廻しを叩きながら「俺の体、頑張れよ!頼むから動いてくれよ!」と、体に祈るのみだったという話も。結局、頭で考えたって体は動かない、頭で考えた時には遅いのだから、それまでの稽古で体に覚え込ませた相撲勘だけが唯一の頼りだった、ということですね。自分の体が勝手に動くことだけを信じて(祈って)土俵に上がる。そうすると、動く。そして優勝・・・。
初優勝を決めた前日は、相撲の取り口やら「故郷でのパレードはいつかな」とか、色々つい考えてしまって全く寝付けなかったそうです。そういうことからも、やはり体に願いをこめるしかない、と。

結局、「稽古あってなんぼ」という話になってくる。芸術家も(宮田学長も)、三日間芸術活動をしないと全く動けなくなる。勘が鈍くなる。
第二部でオーケストラの演奏を聴いていても「基礎練習あってなんぼ」と、私もつくづく思いました・・・体に覚え込ませることって、本当に本当に大切。

若いうちにしかできないことがある。芸大に入るためには2千枚のデッサンは最低ノルマ。
今やらなくてどうする?という話になった時、「そんなことは『今でしょ?』が流行るずっと前から毎日弟子に言っている」と八角親方(笑)
「でも誰も聴いてない」と^^;

こうやって書くとただひたすら真面目なだけの話に終始しているようですが、笑いのツボは心得ている八角親方なので、ところところで笑いがもちろん起きておりました。
「NHKサンデースポーツ」のリハーサルが長すぎる、と文句も(笑)
(※宮田学長が「サンスポ」と言って、「サンスポじゃ新聞ですよ」と突っ込む八角親方)
リハーサルで本番通りにしゃべるとたいてい失敗するそうで(本番ではもっと上手くやってやろうと思うからとかw)、リハーサル時間は長いけど手を抜いているそうです(*^m^)

大関昇進時に四股名「北勝海」に決まるまでの話も。
十勝出身だし、実家が漁師なので「海」は入れたかった。「十勝海」を四股名に、と言ったら「大関で『十勝』じゃいかん!」と師匠・北の富士から一蹴され、最終的に「勝」を「と」と読ませて「とかち」の意味が込められた「北勝海(ほくとうみ)」に(「北」は「北の富士」「北海道」の「北」)。
当て字なので四股名を読み違えられることが予想されたが、当時「生意気だった」保志は「四股名が覚えられるよう頑張ります!」と師匠に決意表明。
そして「北勝海」の名は知られるところとなり、弟子にも「北勝力(ほくとうりき)」という四股名がつくまでに。
挙句の果てには、最近では「北勝力さんですよね?」とまで言われるようになる。でも、弟子の四股名に間違えられてこんなに嬉しいことはない、と八角親方。

宮田学長が「横綱には変人が多いとか。というか、皆変わってるんですよ。頑固で、人の言うことを聞かなくて、普通の人はなれないらしいようですが、八角親方も変わっておられるのでは?」と振ると、「私は誰よりも普通だと思ってますけど」と八角親方。しかし、エピソードが次々と紹介されるうちに、「・・・私も変わってる・・・かもしれませんね?」と譲歩したりw

最後に、これからの相撲協会をどうしていきたいかという質問には「やはり見て楽しいとお客さんが思うような相撲を力士ひとりひとりが取ることが何よりも大切。最近は大きな力士さえも変化して安易に勝とうとする。体が無い力士ならともかく、何やってんだ、と思う。お客様は勝ち負けを見に行くんじゃない。勝ち負けではなく、良い相撲を見せる事が力士の使命。相撲は昔から、お客様あっての相撲だった。それを決して忘れてはならない。五月場所14日目の全勝対決、白鵬対稀勢の里戦のような相撲がお客様にたくさんお見せできればと思う。
そして、かつてのようにもっとお相撲さんが身近な存在になってほしい。自分の時代でも、地方巡業に行くと力士は個人のお宅に泊まらせていただきお世話になるのが当たり前だった。お相撲さんとは、そういう存在だった。もっとお相撲さんというものを皆に知ってもらえるようにしたい、触れ合える存在にしたい(※だから個人宅へ宿泊を・・・という話ではなくてw)。
そして、「入ったらそこはまるっきり江戸時代」を感じる相撲の世界にしたい。伝統を次の世代へと受け継いでいきたい。未だにチョンマゲを結っているのは今の時代、お相撲さんぐらい。古くからのしきたりもある。女性は土俵に上がれないという決まりもある。それは女性蔑視ではない。お相撲さんは女性が大好きなんだから(w)昔からそうと決まっていることであり伝統は伝統。さまざまな貴重な伝統を、しっかりと伝えていく努力をしていく」

・・・と、八角親方が締められました。

北勝海のぶつかり稽古の壮絶さなど、学長さんの誘導ではちょっと伝わり方が足りない気もするな・・・と、なぜか私はそれだけが気になりましたが(汗)、1時間ほぼひたすら話し続ける第一部はそれにて終了。

そして20分の休憩の後、芸大オーケストラの演奏によるベートーヴェンの交響曲第5番「運命」と、交響詩「相撲甚句」から構成される第二部へ。

「運命」はリピート全く無しでの演奏。クラシック音楽をなかなか聴く機会がない八角親方のための「クラシックの代表曲」として選曲されたベートーヴェンだということでした。
そのため、八角親方も後半は客席に座って音楽鑑賞!
しかし・・・あの席に普通に座れたのでありましょうか?座れたのですよね・・・?客席に登場して、拍手を受けておられましたが。

ちなみに奏楽堂の座席・・・
ちょっと、これだけはいただけなかったです。堅い合成皮革とクッションでできている座席は非常に珍しく、大変見た目はスタイリッシュなんですが、いかんせん観賞用の椅子としては硬すぎる!一緒に来ていた母はそちらのほうが気になって、あまり集中できていなかった様子><
そして私も、全部見終えた頃にはお尻が久しぶりに痛くて痛くて・・・あの座席はあり得ん!贅沢な木製のホールに、立派なパイプオルガンはいい。しかしなぜ肝心の座席が・・・!!!

という文句はさておき、演奏。
若さほとばしるみずみずしさ。
「運命」の指揮者はヴァイオリン奏者としても大変有名な澤和樹氏(芸大副学長)でしたが、さすがに弦楽器の音のニュアンスが素晴らしくて・・・もちろん管楽器も打楽器も素晴らしかったのですが、ヴァイオリンのフレーズひとつひとつの中の膨らみに感動しました(;д;)
彼らのような若者がいる限り、日本の未来は大丈夫だ!と確信してしまった。
最終楽章、ピッコロはもう少し主張しても良かったかな~なんて思ってしまいましたが・・・
若さあふれるベートーヴェンもいいなあ・・・。
そして、奏楽堂の音響も良かった。適度な残響があり、オーケストラがバランスよく、全てのパートの粒がよく聴こえてきて。(技術レヴェルが違う、ということだけではなくて・・・)

さあそしていよいよ、松下功氏の「交響詩≪相撲甚句≫」!
和太鼓をはじめ、いろいろな日本の打楽器がステージに用意され、いきなり大太鼓から曲は始まる。左右から拍子木の音も。
そして弦楽器の半音階を基調とした現代和風メロディがひとしきり続き、突然自分がいる客席の右側から「ハア~、ドスコイ、ドスコイ!」の声が!
「!?」と右手にあるホワイエから客席へとつながる階段から、スポットライトを浴びて登場するは・・・3人の力士!
安芸乃川さん、勢関、鶴乃湖さんの順に「ハア~、ドスコイ、ドスコイ」と手を叩きながら、なんとなんと自分の席のすぐ前を通過!!!思わず勢関に手を伸ばしながら大拍手(笑)
そしてやはり、勢関が手拍子を叩く間合いの合わせ方が一番上手かった。腕のリズムの取り方にメリハリあり(笑)
3人はすぐ目の前を右から左へと通過すると、中央通路に突き当たったら今度はステージに向かって「ドスコイ、ドスコイ」を続けつつ歩いて行き、ステージ上へ。
向かって左に安芸乃川さん(濃いグレー?の着物に黒い横筋の入った赤帯)、中央に勢関(いつもの「勢」と大きく染め抜かれた着流し)、右に鶴乃湖さん(鮮やかな紫色の羽織と着物、光沢のある白の帯)という配置。

おもむろに勢関が白い扇子を広げると、トップバッターで唄い出すは「前歌」「後歌」そして語呂合わせが笑える「数え歌」。
これが・・・現代風の無調(というのか?)音楽を奏でるオケをバックに、よく自分の節を狂わせず唄えるな!?という勢関!!!
歌はピンマイク付きだったのですが、ちょっと全体的にオーケストラが歌に対して音量大き過ぎかな・・・?という印象でした・・・ちょっとそれが残念・・・(最初から最後まで)。
まあとにかく、その不協和音の中でしっかりと自分の節を唄う勢関。もちろん不協和音はいつまでも不協和音ではなくて、次第に勢関の節に寄りそう音階が主流になったり、いろんなうねりを見せておりました。
それが、オケが寄り添う音程と勢関の音程・・・バッチリなんですよね・・・恐れ入った。私だったらとても歌えぬ!
とにかく、勢関の第一声ですでに会場のお客さんビックリ!な雰囲気が伝わって来ました。
そうさ、我らが勢関のこの美声!!!恐れ入ったか!!!(笑)
そして、立ち姿がカッコイイこと。仁王立ちで、自分の出番以外は微動だにしない。あ、顔の汗は拭いてたかw

続いての「北斗七星」は、「呼ばれてみたいな関取と」の歌詞にはやはり、安芸乃川さんで(五月場所では西三段目筆頭で3勝4敗・・・)。
これは切ない歌詞ですね・・・「巡業列車で見る夢は 父と母との笑い顔よ」
そして、オケの伴奏メロディも勢関の時に比べ、もう少し柔らかい感じに?(でも音量が相変わらず・・・そして安芸乃川さんのマイクが少々遠かったような)
安芸乃川さん、緊張していたのか出番待ちの時も終始うつむき加減でした(可愛いw)。勢関はマッスグ!「勢い」よく前を向いてましたけど。

そして、「花づくし」。
「花を集めて甚句に読めばよ 正月寿ぐ福寿草 二月に咲くのは梅の花・・・」ですね。
この歌の伴奏が一番聴きやすかった(笑)少しホッとするw
「花」ということで、優雅に、冒険しすぎず・・・な曲だったんだろうか?
鶴乃湖さんのマイクは音をよく拾うので、とてもよく響き渡ってました^^
相撲甚句・・・なんて風流なのでしょうね。
鶴乃湖さんも緊張気味だったのか、左右に足踏みしながら少々体が揺れておりました。

最後は再びオオトリとして勢関に戻り、「当地興行」。
「いろいろお世話になりました」ですね。
「またのご縁があったなら 再び藝大へと参ります」と歌詞を変えて(笑)
そして・・・この曲もまたまた難曲になっておった・・・
勢関のオケに限って、ハードル高過ぎる^^;
それでもゼッタイ負けない勢!いやもう、さすがだわ・・・!!!

松下氏も作曲する際、勢関に協力してもらって甚句を録音後、譜面に起こすのも一苦労されたとか。そこに加えて相撲甚句特有の揺れる音とテンポ。どこに拍をつかまえるか、など。試行錯誤の末、勢関と音合わせをして本日(日付変わってしまいましたが)披露の運びとなったそうです。

勢関の歌が終わると、オーケストラだけの大音響で最初の再現があり、華々しくフィナーレ。
なんと、スタンディングオベーションが出ました。
場内、大拍手が鳴り止まず。
うちの母も「相撲甚句がすごく良かった、あれだけでも来た甲斐があった」と満足しておりました(笑)

最後、再び八角親方と宮田学長がステージに上がり、「八角親方お上手なので第二部は是非代わって司会を」と宮田学長に言われた通り(?)、八角親方が音頭をとる場面もw
特に、もう一度勢関に「甚句じゃなくて歌謡曲も」無理やり歌わせようとする場面では大活躍( ´艸`)プププ
そしてかなり長いこと躊躇していた勢関でしたが、最終的には「ありがとう、感謝」の「ありがとう~ありがとう~♪」のワンフレーズを披露。そしてまたまた大拍手、そして「いきおいー!」の掛け声が男性からも女性からも(どう考えても相撲ファン芸大に混入)。
八角親方、「素晴らしかった、感動しました。甚句も良かったけれども、特にオーケストラが素晴らしかったです」とリップサービスも忘れず(笑)いやでもリップサービスではなくて本心ですね。
勢関も「凄く緊張しました」と。そうとは思えないほど立派な歌いっぷりでした。あれ、CDになったら欲しいな・・・!

ひとつだけ、個人的には、なのですが。
出来ればさわりだけでも、完全にオーケストラの演奏無しのアカペラで「相撲甚句」を挿入してほしかった。
おそらく、会場のほとんどの方々が相撲甚句は初めてだったのではないかと。
元来の相撲甚句のシンプルな美しさと素晴らしさを響かせてから、再びオーケストラが入り・・・とやったら、もっと効果があったんじゃないかなあ~、もっと背筋ゾクゾクしたんじゃないかな~と思いました。
そういうバージョンで再構成してもらいたいなあ・・・。ちょっと、曲が張り切り過ぎかなという印象でした。

そして、最後にはなんと!
6月22日ということで、宮田学長から八角親方にサプライズプレゼントが。
実は八角親方、2013年6月22日で50歳の節目のお誕生日を迎えられました。
そして、佐渡ご出身の宮田学長。
地元の御酒に特別なパッケージ(たぶん瓶は二升分の大きさ、それに鮮やかなオレンジ色のリボン)を施し、八角親方にプレゼント!
御酒の名前が「ますます繁盛」にあやかり「二升盛」だったか、完全に「にしょう」のあとを失念しましたが(というか聞こえなかったかも・・・)、そういうゲン担ぎの意味を込めた特別ラベル。
極めつけは、なんともぜいたくなことに芸大オケの演奏で「Happy Birthday to you~♪」と会場皆で大合唱。
いつもは飲んで終わりだけという親方、印象に残るお誕生日祝いに感謝の気持ちを述べておられました。

すごく楽しい2時間半でした。
タダではもったいなさすぎて、学長さんの「休憩時間に透明の箱を覗いたら、何も入って無かった」という言葉を受けて、皆さん帰りがけに「募金箱」へ紙幣を投入しておりました・・・我が家も(笑)
未来ある若者のために!

ところで宮田学長・・・「安芸乃川」と紹介してましたぞ。
横綱審議委員会・・・しっかりしてくだされ!!!^^;
それとも「未来の」って前置きがあったんだろうか?(聞こえてないけど)

帰りがけ、旧奏楽堂の掲示板を覗き込んでみました。

Dscf0173

・・・そういうことだったのですね。

Dscf0174

6時少し前の国立博物館と噴水。雲がずいぶん出てきていました。
でも金曜日までとは打って変わり、雨に降られることもなく日中はお日様も出て、空気も久しぶりに爽やかな土曜日でした。

ちなみに「学長と語ろうこんさーと」。
次回11月のゲストは、なんと!夢枕獏さん!!!
行きたい・・・っ!!!このイベント、病みつきになりそう(でもとりあえず座席対策だけはしなければ)。
競争率はかなり激しそうだなw
覚えていたらまた応募します!(笑)

【追記】
八角親方の御酒、全く違っておりました・・・スミマセン^^;
協会公式ツイッターに正しい表記がありました。


甚句に臨む前の三人の写真はこちら。


終演後の勢関の感想とナイス男前!な写真^^

八角部屋情報♪

演奏中の写真はこちらに。
そして宮田学長のネクタイ・・・エメラルドグリーンじゃないですねwwwグリーンが入ってるだけですwww

【追記 2013.6.29】
藝大HPで詳細レポートが近々発表されるようです♪自分の記憶のいい加減さがかなりばれそうでありますな。でもいじらないでおこう(笑)
こちら↓のリンクからどうぞ^^

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コメント

なんと、素晴らしい催し!! 聞きたい!! 「題名のない音楽会」か何かで放送していただきたい!!

ろーるさん、ものすごくレベルの高い曲でしたよ・・・いや~~、そして勢関をさらにさらに尊敬!!!安芸乃川さんと鶴乃湖さんも美声を聴かせて、贅沢な催しでしたo(*^▽^*)o

これはCD化するのでは!?と踏んでるのですが!
それよりなにより、全国ネットで放送してほしいですよね!
そのうち福祉大相撲で国技館で演奏したら、NHKでバッチリ放送されるかな?と勝手に期待してます!やってくれい!

コンサート、楽しいそぉ~~~! しかも無料?!

宮田学長は、東京駅地下広場のシンボル『銀の鈴』の作者でもあるのはご存知でしょうか?
私は名古屋場所や大阪場所に行く時、この銀の鈴にニッコリ微笑みかけてから出発します。なぜならば、2年前、日馬富士2度目の綱取り場所であった9月場所前、横審総見稽古の日馬富士をご覧になった学長が彼について、「いい絵を描く人は、人間そのものが光っている。いい絵を描く人に類するものを感じました。いつか話してみたい。」とコメントされているのです!いい人だッ!

勢関の美声、私も今年の福祉大相撲で生で聞いてビックリしました。
あの日国技館の半分を占めたももクロファンが、♪ありがとぉ~~~♪の出だしの一声で、オーーーッと一斉にのけぞってました!

このコンサート、好評につき次回はN響共演、井上道義指揮でS席8000円でしょうか...?!
そうなっても、千代の富士とか大物にしないで、かわいい八角親方のままがいいな!

《訂正とお詫び》
↑最後の1行に大変失礼がありました!
もちろん、八角親方も大物です!もちろんです!
「千代~しないで、」までカットしてください!!!
ついでながら、1行目の楽しいそぉも楽しそうに!
あ~~いかんいかんm(_ _)mm(_ _)m

いくさん、無料はあまりにももったいない企画です!
でも、多くの皆さんは心得ていらっしゃるのか、最後にホワイエにある募金箱へお札を入れてましたよ。
トークも演奏も、最初から最後まで堪能しました!八角親方もますます好きになってしまう~(笑)

実は私・・・その「銀の鈴」をまだ見たことがないのです・・・( ̄Д ̄;;
そうだったのですか!?
宮田学長、とても魅力的な素敵な方でしたが・・・そのようなコメントをされていたのですか?いえもちろん私は全く知りませんでした(。>0<。)

ハル様は本当に透明感のある絵を描かれますよね・・・いつも心の清らかさを感じて、こちらまで心が洗われる気持ちになります。
しかもあの相撲のスピード感も絵の中に(笑)
そして、その後学長はハル様とお話をされたのでしょうか?^^

勢関の歌の威力は本当にスゴイ。第一声で場内の空気が一変したのがわかりました^^;
巡業でもいつもマイク付きですが、一度マイク無しで完全ナマの声も聴いてみたい!

訂正・・・心得ました(笑)
ぜひ八角親方続行で私もお願いしたい!w
8000円・・・むむ、それは私にもキツイ・・・^^;

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