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2013年6月 9日 (日)

「横綱」(武田葉月著)

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五月場所中に国技館で買ってきた、武田葉月さん著の「横綱」(講談社)。
読みたい横綱だけ拾い読みしてたのですが、やっと全部読み切りましたw

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↑武田氏が横綱(&元横綱)に直接インタビューで聞いた話が掲載されています。

おそらく、横綱・日馬富士が誕生していなかったら、「横綱」という地位がなんなのか?と考える事はしなかったかもしれない。
白鵬が凄すぎて、「横綱とはそういうものなのだ」ぐらいに考えていたところで、思わぬ形で(といってはハル様に失礼ですが・・・)両横綱がそろった昨年。
苦しみ続ける日馬富士を見ているのが辛くて辛くて、これまでも「横綱」をわからぬままに色々勝手なことを書き続けて今に至り^^;
もちろん、一冊読んだだけで「横綱というものを知る」というわけでもない。
どちらかといえば、大相撲ファン初心者向けともいえる本かもしれない。そして本来であれば、横綱たちの相撲を見てきたうえで読むべき本かもしれない。
でも、読んでみて、今日馬富士が立たされている状況というものが、少しは前より理解できたような気もします。

そして、もちろんどの横綱にもそれぞれ感じるものがあったのですが・・・
とても印象に残ったのが、若乃花・北の湖・三重ノ海・北勝海・大乃国・旭富士・曙・武蔵丸でした。そして、これだけ錚々たるメンバーの最後に登場しながらも、日馬富士の話にはやっぱり響くものがあり・・・。

読んだ直後に何よりも響いてきたのは、外国出身力士たちの精神力の強さと思慮深さ、周囲に対する感謝の気持ちの強さです。
特に曙と武蔵丸の話には胸が締め付けられそうに。
横綱になった人たちは、日本人も外国人も関係なく、なるべくしてなった人たちばかりなのですね。
今、日本人力士から久しく横綱が誕生しないのは、やはり64代曙以降の横綱たちのような本物の気概が日本人には紙一重の差で(かどうかはわからないけれども)足りないからではないか・・・そんな気がしてしまいます。
外国人だからイヤ、というファンが少なからずいるのは淋しい限りですが、そういう人たちこそこの本を手にとって読んでみてほしい。

「一方聞いて沙汰するな」ではありませんが、ご本人たちの立場からの話だけで鵜呑みにすることは自分もできない性分ではあります。
とはいっても、そのほとんどはご本人たちにとっての真実だと思うので・・・何より、読んで「?」と感じた部分よりも、涙をためながら読むページのほうが多くあったことが事実でもあり(自分が涙もろいだけなのか?^^;)。

日本人横綱では三重ノ海さんが誰よりも印象的でした。思えば、垣添ちゃんの最初の師匠でもある元・武蔵川親方。

三重ノ海・旭富士・日馬富士。
結局、自分が心惹かれる人というのは、根拠のないものではないらしい(笑)それぞれがどこかでつながっているという。
旭富士も、冷徹な現実主義で全てを目標通りに実現してきたことに、異質の凄さを感じました。この横綱ラインナップの中でも非常にユニークな存在という気がします。

横綱という地位は、大関以下とは全く違う。上がった者にしかわからない世界。
そして、数字上の成績だけでは語れない一番一番の重みがあり、それでも数字だけが物を言う地位・・・
その数字と、横綱それぞれの心の中での星勘定は、全く違う意味をもつ。
横綱は、やっぱりすごい。

偏った感想ですみません(しかも中身の説明は皆無^^;)、というところなのですが、それぞれの横綱に感じ入る事があったのは確かです。繰り返しになりますが。

ところで本とは関係ないのですが、ハル様。今日の北の湖理事長の還暦土俵入りと祝賀会が終わったら、明日の10日にはモンゴルなんですね。
ゆっくり、いい時が過ごせますように。
名古屋では迷いなき鬼の日馬富士、を密かに期待したいと思います。

【追記】
「三重ノ海・旭富士・日馬富士」とか書いてたら・・・
今日の北の湖理事長還暦土俵入り祝賀会でとあるテーブルに同席したメンバーが、千代の富士、北勝海、三重ノ海旭富士、白鵬、日馬富士の6人って・・・
タイミング良過ぎてなんというか。
身を乗り出して顔をくっつけて話している6人って、何を話してたのでしょうか。
でもまず思うのは、ステージ脇・祝賀会会場という時点で「伊勢ヶ濱親方の話し声は聞き取れるのだろうか?」という疑問w
身を乗り出すのも無理は無し・・・じゃないのかな~と思ってしまったんですが。すみませんw

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コメント

最初本屋さんでこの本のタイトルを見つけた時は、パラパラッと中を見て、あぁこの手の本ね、とそのまま棚に返したのですが、蒔右絵門さんのコメントに登場したいくつかの文に興味を引かれ、先場所中に買って一気に読みました。(両国駅構内のコンビニに平積みになっていた!さすが!)

何度も言うようですが、私、約60年大相撲を見続けていますが(笑)、私も日馬富士が横綱になるまで、この地位について本気で考えたことはありませんでした。不思議なものですが。いや、不思議じゃないやね、日馬富士ほど私を本気にさせた力士はいなかったのだから…

私も外国出身横綱の言葉に、なにか胸を絞られるような思いになりました。「外国人に相撲道はわからない」と簡単にきめつける人が、相撲界の内にも外にも多々いるようですが、『道』というのはそこに生まれたから身に付いているものではなく、心身を削って追い求めた人だけが極められるものでしょう。外国出身の横綱たち一人一人が暗中模索で探し続けたものを、どれだけ平成の日本人力士たちが自分の頭と体と心と『魂』で探してきたのか。
朝青龍の最後のつぶやきは悲しいです。彼自身にももちろん責任がありますが、こういう言葉を言わざるを得ない横綱が2度と出ないよう、相撲社会の考え方を刷新してほしい。

旭富士は、本当に唯一無二のユニークな存在ですね。この20人の横綱の中で、最も日馬富士と重なるところのない横綱ではないですか?(笑)(体調で苦労したことは別として)
三重ノ海の全勝優勝を成し遂げた後の気持ちも含めて、どの横綱の言葉も日馬富士と重なり、そうそう、日馬富士もそう、あぁきっと彼もそうなのだろな、う~~ん、日馬富士はそうはできなかったのだろうなぁ…と頷き、首を振り、文字がにじんできます。

栃ノ海が「私みたいな横綱ができたら、またそれはかわいそうだし」と言っていますが、確かに成績だけを見れば、昇進2場所目に13勝で優勝した後は、けがで8勝と休場を丸2年繰り返した横綱なのですよね。しかし、去年の九州場所後のTBS「サンデーモーニング」で、張本さんが日馬富士に「渇ッ」を入れつつ「栃ノ海という小さいけど強い横綱がいましたよ」と怒ってましてね。私としては文句を言いたかったと同時に、彼の気風のいい相撲は、ちゃんと見た人の心に残っているんだと思いました。栃ノ海も横綱の歴史に絶対必要な横綱です。

横綱という地位は、大関以下とは全く違うということは、上がった者にしかわからず、先になった人も後からなった人に教えることはできず、その力士を応援する人も、自分の愛する力士がなってからでなければ、全くわからないものだということが、私にもようやくわかってきました。そしてまた「横綱のあり方、辞め方にも正解はないように思う」という佐田の山の言葉にも頷きます。

何か、言いたいことはいっぱいあったのに、まとまらないままになってしまいました。
ついでながら、さっきテレビで見た北の湖理事長還暦土俵入りのニュースで、土俵の周りにテーブルが並べられてパーティー会場になっているのにびっくりしました!(笑)(と書いているうちに、もうそのテーブルに坐っている映像が出たのですか?で、どのお方が日馬富士の両隣に?日馬富士のお着物はどれ?)

日馬富士関、モンゴルから帰ったら、そのままオオトリ合宿に合流してそのまま名古屋ですね。
おいしいもの食べて、心身ともにゆっくりできますように、と心から願うけど、また忙しいんだろうなぁ…
元気で帰ってこいよ~~~ッ!!!

いくさん、おはようございます(◎´∀`)ノ

不思議なもので、きっかけが無いと人間なかなか本気で追い求めないものですね^^;
日馬富士関がいなかったら今後もゆるゆると贔屓力士たちを応援しているだけだったかもしれません。今はもはや応援の枠を超えております(笑)

「『道』というのはそこに生まれたから身に付いているものではなく、心身を削って追い求めた人だけが極められるもの」
この言葉に尽きますよね・・・。人種も生い立ちも、関係なく。
そういう大切な事をおしえてくれる人たちを、余分なバイアスをかけて曲解する我々側の責任は看過できるものではない・・・しかも横綱たちはせいぜい20代~30代前半の若者であって、判断する大人たちは彼らよりもっと長く生き続けている者がほとんどであり。
生きる物理的長さだけでは、その人間の深みを測れないことの典型という気がします。
他のプロスポーツでは成績が悪くても、本人が納得するまで続けることができる。大相撲の横綱という地位はそんな生易しいものではなく、全く切り離して考えるべき世界。
昇進した瞬間から刃の上を歩いているような状況の中で、横綱たちが吸収していくもの・・・これは、想像を絶する精神世界だと思います。人生のなんたるかを会得するスピードと深さは計り知れないものがあるでしょう。もともとのハンデがあって苦労すればするほど、そしてそれを乗り越えていけばいくほど。
何人もの横綱たちが、引退したその日の夜はこれでもかというぐらいぐっすり眠り続けた、という話は胸に迫るものがありました。自分では意識していなくても、綱のプレッシャーは計り知れないものがあることを語っている一言だな、と・・・。

朝青龍の最後の言葉はあまりに重すぎて、どう解釈していいのかと悩みました。
こういうことを言わせてしまった角界と日本社会が今後これをどう受け止めて行動していくのかが気になります。二度とこんな悲しいことはないように、精神的&行動面での開国をしてほしい日本です。

旭富士・・・日馬富士とのつながりは「師匠と弟子」そして体調面以外のつながりは一体・・・?という感じですよね、話を聞く限りでは(笑)でも、この組み合わせだからこそ最強なのかもしれない。やっぱり伊勢ヶ濱親方以外の師匠と日馬富士、というのは考えられないなw
そして、私もやはり色んな横綱の話を読み進めるたびに、自然と日馬富士と重ねて読んでいました。そこでどうしても浮かび上がって来てしまうのは、日馬富士関はあまりにも自分より周囲の人々を大切にしすぎる、ということでした。そこが弱みでもあり強みでもあるのかなあ…
「実力はこんなもんじゃない」と伊勢ヶ濱親方が昨年仰った言葉は、たぶん今でも続いているのでしょうね。本物の実力を出せる強さを見たい。でも、横綱は確実に向き合って学んでいると感じるので・・・本物の男として、一日も早く乗り越えてほしい。乗り越えても乗り越えても、山は立ちはだかっているかもしれませんが・・・。
でも、読めば読むほど、古来日本人が大切にしていた「言霊」を心でこれほどよく理解している人はいないのではないか、という気持ちになりました。いくさんが60年相撲を見続けてやっと出会えた力士は、力士と言う枠を超えて本物だ、という思いが強くなりました(泣)
(誉めすぎですかね・・・?)

栃の海、佐田の山、琴桜と、恐縮ながら全く認識していなかったのですが、大記録とは関係なく「記憶に残る横綱の相撲」は、相撲をとるご本人の心意気の中にあるのでしょうね。星数や在位場所数ではなくて。日馬富士関を擁護しようとして言っているわけではなくて。
横綱の在り方と辞め方に正解はない・・・佐田の山もそうですし、双羽黒も同じようなことを言っていましたね。
一人横綱時代、両横綱時代、三横綱・四横綱時代。そういった状況も含めて、一人一人の横綱を同じ土俵に並べるのは無理があります。そして、横綱もたった一人では強くなれなかったこと。ライバルがいたことで綱を張り続けられた横綱が少なくないこと。横綱は本人の努力が何よりも大きいけれども、その横綱を取り巻く環境の影響もまたとてつもなく大きいことを、この本であらためて知りました。

本来なら私も一人一人の横綱に関して書きたいところでもありますが・・・とりとめがないので(笑)
いくさんもまた何か思い出したら、コメントお願いします(笑)

ところで、6人テーブルにさらに顔を寄せ合う元横綱が一人加わったとか。貴乃花親方(笑)
この7人のラインナップ。きっと、ハルちゃんにとって貴重な時間となったに違いありませんw

横綱にはとにかく無事に帰って来てほしいですね。忙しくてもいい時が過ごせますように!(富岡八幡宮の翌日に高熱を出して点滴を打ったそうですが・・・疲れが出たんでしょうかね(u_u。))

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