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2013年7月 9日 (火)

巴戦とか期待したら、な三日目の名古屋場所

・・・巴戦を期待した力士3名中2名が黒星とは・・・

やっぱり、予想やら期待やらをするのはやめておこう。
まんまを見届けるのみにしよう。
と、誓うのであった。

稀勢の里が栃煌山に立合い前から顔負けし、日馬富士は妙に穏やかすぎるほどの穏やかな表情で逆にかなり不安になり・・・(その穏やかな顔の根拠はナニ?と自問自答)
稀勢の里は想定内だったけど(ファンの方ごめんなさい)、日馬富士はまずあの負け方は千代大龍のカチ上げ→引き技以来の衝撃だった・・・。

いったい、何が!?
舞の海くんが言ってたように、張り手ショック!?
そうは言っても張り手は先場所だってくらってる横綱ですよ。
横綱だろうが、嘗められてる横綱ですよ。ええ。

張り手で一瞬意識が飛んでしまったようにも見えた。けれど、そういうわけでもないのか。なんだろう、このどうしようもないモヤモヤ感は・・・

まあでも、ここまであっけないと、明日からきちっと切り替えはできそうです。
怪我さえしていなければ。左膝、大丈夫なのかな・・・。

高安・・・「横綱であろうと」な気持ちは買うけれど、それが張り手である必要があったわけか?
舞の海くんの「横綱に勝つためなら何でもやってやれ」推進運動も、私の怒りという名の火に油を注いだでやんすよ・・・。

流れの中の張り手はともかく、立合いからの張り差しはどうしてこうも気分が悪いんだろう。
旭天鵬の張り差しは目くらまし程度で本気の張り手じゃないから気にならない。
でも、張り差しをする日馬富士も白鵬も私は正直、好きじゃないというより嫌いなのだ。
清い相撲が好き、というのじゃないけど、相撲に存在する手ではあるけれど、本当なら「髷つかみ=反則」のルールをなくすと同時に張り差しは反則技にしてほしいくらい。

今日、十両がすごく面白くて、幕内も楽しめた。
なのになのに、幕内後半戦から怪しい雲行きに。
叩きが多くなったゆえの髷つかみ。馬力での張り差しで金星。

残念。後味悪すぎ。

やっぱり、もっと館内が湧く相撲が見たいです。
昨日放送されていた、平成元年名古屋場所の寺尾vs北天佑戦みたいな相撲を。

ひとまず、後ほどまたあらためて。
かなり主観的な内容になってますが・・・もう、とりあえず正直な気持ちだけ書きとめておきます。
一呼吸置いたらちょっとは考えがかわるか否か?とりあえず頭冷やすか。エビスビールでw

白鵬もバタバタだったな・・・暑さに弱いんだろうか?これまた最後には叩き込み。

明日の幕内後半戦はもっといい相撲が見られますように。このままだと十両のほうがよっぽど面白いんだけどって気が^^;

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大相撲」カテゴリの記事

コメント

いつも楽しい記事ありがとうございます。

「張り差しも反則技にしてほしいくらい」
は同感です。

なんだかなぁ…な3日目で。

勢関…日馬富士関…(;_;)
明日から切り替えて頑張ってほしいです!!

稀勢の里関は案の定だし。(ファンの方、すみません)
先場所のように、また沸かせてくれるでしょうか。

ふと『横綱』の、芝田山親方の言葉を思いだし、
スイーツを食べ、心を静めた次第です。
しかし、我が家のビール減らないなぁw

福岡市城南区の相撲好きさん、コメントありがとうございます。

そもそも、真正面から当たろうとする相手の横っ面を叩いて顔を横向きにさせるという技の「どこが素晴らしい技なんだろう?」と。「正々堂々」からは、かけ離れた技ではありませんか。技といっていいのかどうかも私は躊躇してしまいますよ。正々堂々といえば「変化」もありますが、これは別だと思います。変化ばかりでは困りますが、変化についていけることも力士としての力量をはかるものだと思うので。「張り手にひるまなきゃいい」とかそういうことではなく、張り手は相手が相撲をとるうえで頼りにするべき「目を潰す」のと同じことです。全く別の次元です。

横綱である白鵬が張り差しを多用していることは、実は私は我慢がなりません。日馬富士が張り差しをしても、その時ばかりは怒り心頭です。豪栄道や稀勢の里が張り差しをしてもいつも幻滅。これが旭天鵬や若の里に限っては許せる違いが自分でも何なのかわかりませんが(笑)、上位を目指す力士であればあるほど封印をしてほしいのです。幕下以下で張り差しを見るのもげんなりです(最近では序ノ口だったか序二段で石浦くんが張り差しをしたのを見て幻滅、その後相撲を見てないかもw)。若いうちからそんなの使ってどうする!!!と言いたくなります。

この傾向は、ぶつかり稽古が昔と比べて減ってきたことで、相手のぶちかましを恐れる力士も増えてきたということでしょうか?まずプロの大相撲の凄さがどこにあるかといえば、立合いでバーンと当たっていく衝撃とか、間髪いれずにサッといい位置の前褌をとるとか、廻しを取るために激しく突っ張っていくとか、導入部分で「おおっ!?」と見る側をうならせる瞬間を目にすることにあると私は思っています。これが「自分が廻しを取るために」最初に一発張り手をかまして先手を取る、という手法になると、「姑息」という文字しか浮かんでこないのです。
しかも、張り差しそのものにもリスクがある。張り差し失敗で負ける力士ほど無様なものはありません。

昨日に限って、「勝つために何でもやった」舞の海秀平+「勝つことが全て」が持論の北勝海、という解説陣の組み合わせ。
十両までは楽しんでたのに、一気に熱気が冷めました。

でも、油断した日馬富士にもガッカリです。いい加減、初代若乃花ばりの鬼の形相を見せてくれ~~~!!!と、まだ懲りてない気持ちの甘い横綱にガックリきてます・・・><

うららさん、勢は二日目無茶苦茶良かったですよね!昨日はバッタバタでしたねえ・・・><
でもまだ将来があるから大丈夫ですよ!

問題は将来が無い日馬富士です(ノ_≦。)
でも昨日の一番を猛省して、切り替えてくると信じてます。
気持ちの持って行き方のバランスって難しいのでしょうが・・・気合いを入れ過ぎても空回りするし、落ち着きすぎても穴があり・・・でも、横綱なんですからそういう加減を知っていないと大役は務まりません。やっぱり、横綱と言う地位の重さを自覚しきれてない・・・厳しいことを言いますが、甘い!!!北の湖や曙や武蔵丸の境地には全く達してません。やっぱり、日馬富士は心が優しすぎるのが弱点かも・・・普段は優しい横綱でも、土俵上はピシッと切り替えなければ!

いずれにせよ、稀勢の里にとっても日馬富士にとっても、今日は大切な日となりますね。ガガちゃんも負け続けてるから昨日の高安を見て「ボクだって!」って気合い入れてくるだろうし、デカいし、いくら分がいいといっても日馬富士も油断はできません。
稀勢の里は・・・落ち着いて取れば、大丈夫でしょう。ただ、松鳳山も連敗続きですが今場所動きがいいのでこちらも油断すれば・・・という気も^^;馬力勝ちすればオーケーかな・・・。

昨日は結局、野菜をしこたま包丁で切りながら心を鎮めましたw
そしてそのまま、エビスビールを飲み忘れました^^;
でもビールは確実に空き缶が増殖中の我が家ですw
スイーツもあり、ですね~^^

昨日の一番が終わったとき頭に浮かんだのは、蒔右絵門さん、いくさん、うららさんでしたよ~。

最近やたら髷をつかんでの反則が多いのは、叩きが多いからなのですね。納得。髷つかみは阿覧にまかせとけばいいのに。

張り差し、これも問題ですよね~。 「勝つためならなんでもやる」のは舞の海よのうな体に恵まれない力士に言えることで、自分のセオリーをすべての力士に当てはめるのは問題あり!  なんでもやることを認めていたら、大相撲もただ単なる「格闘技」になってしまうでしょう。
今こそ、双葉山や大鵬さんの言葉を肝に銘じる時ではないでしょうか?


ところで、今場所も十両が面白いですよねっ(≧∇≦)

ろーるさん、うううう・・・そうでしたか><

叩きが増えて髷つかみの反則が増えたんじゃないかと思っていたのですが、同じことを昨日ちょうど勝昭さんが指摘してました。そういう原因もあり、なのでしょうね。

そうなんですよ!どんなに恵まれていても「勝つために何でもアリ」じゃ、相撲独特の美しい所作が泣きますよ・・・なんのためにそういう所作もあるのか!?ただの競技として勝ちたいのであれば、伝統の意味合いが薄れていくばかりという気がします。
私たちが妙齢になった頃には、どんな大相撲になっているのか・・・ちょっと不安がよぎります。

取組に限らず、土俵の上での感情も出過ぎですね。見ていて面白いと私もつい思ってしまうのではありますが、動作に表さず目つきで全部語ってほしいかも・・・というのが本音です。どんどん洋風エンターテインメント風味の角界になっていってるような・・・。時代の流れ、で済まされることなのかどうか?なんか違う気がします。そういうことより相撲そのもので湧かせてくれ!です。

はともかく・・・やっぱり十両ですよね!今日はちょっと昨日より面白みに欠けた気がしましたが、昨日が良過ぎたのかなあ~^^;
今は十両と幕下上位がアツイ!ですね!

まるで時代錯誤な考え方だな。
相撲が無差別級で行われているという前提すら忘れているのか。
張り差しが目潰しと同じ?イカれてるのか?相撲で頼りにするのは目だなんてのたまっているが、本当に頼りにするのは己の感覚であって目ではない。
1秒にも足らない世界で目だけで相手の体勢や位置を把握できるわけないだろ。
そもそも所作を取り組みの中に求めてる時点で底が知れる。
お前の言ってることは日馬富士に難癖を付ける横審と変わらない。

名無しさん、このような拙い初心者ブログに大変貴重なコメントありがとうございます。
以前、匿名で何度かコメントをいただいておりますでしょうか?

私としては、頼りにするのが目だけだというつもりはなかったのですが、書き方の至らなさでそのように解釈されたのだとしたら、申し訳なく思います。自分でもあらためて読み返しましたが、そのように解釈されてもやむを得ないですね・・・。

可能であれば名無しさんより、張り差しについての歴史とその意義についてご教授いただければ嬉しく思うのですが・・・
大相撲に関しては、私は全く勉強が足りておりません。自分でもよく調べてから意見するようにしたいと思うのですが、なかなかうまく情報収集できません。見切り発車で今回は人間として本能的に感じたことをコメントしたくなった次第です。毎回そうともいえるのですが。

私の中では(あくまで私の中では、です)、流れの中の張り手と立合い即の張り手は別物です。相手の鋭い出足を止めるために立合いから張っていくという技がいつからできたのかわからないのですが、ただ単にしょっぱなから張り差しを目にするだけで本能的にガッカリするのです。時代錯誤と言われればそれまでですが、私としては「横綱の顔を張る」ことが失礼なのではなくて、「出会った瞬間に相手の顔を張る」ことが失礼に感じるのです。

そう感じるのは私だけかもしれません。
時代の流れについていけないのであれば、私自身が大相撲観戦をやめればいい・・・ということになるのでしょう。

もともと相撲の起源が一方を殺すことにあったとすれば、本来何でもあり、なのかもしれませんね。
ただ、安易に片付けるにはあまりに奥深いテーマです。
色々考えさせてくださり、ありがとうございます。

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