平成27年(2015年)3月19日木曜日/大相撲春場所・12日目/ラジオ放送より

平成27年(2015年)319日木曜日/大相撲春場所・12日目/ラジオ放送採録

※当日の取組内容は原則省略。雰囲気を伝えるため、できる限り忠実な書き起こしをしていますが、話者の話も重複する部分等は適宜わかりやすく書き換えをしています。

実況(大阪):佐藤洋之アナウンサー(佐藤アナ)

解説(大阪):第52代横綱・北の富士勝昭さん(北の富士)

司会(東京):山本哲也アナウンサー(山本アナ)

ゲスト(東京):元大関・豊山 内田勝男さん(内田)

 

佐藤アナ:大相撲春場所12日目を迎えています。解説は第52代横綱・北の富士、北の富士勝昭さんです。実況は私、佐藤、向正面から三瓶アナウンサー、取組後の力士の情報は小林アナウンサーがお伝えします。北の富士さん、どうぞ宜しくお願いいたします。

北の富士:よろしくっ。暑いね!

佐藤アナ:暑いですね。

北の富士:うん。

佐藤アナ:外は雨上がり、むし暑さを感じる大阪です。さて、今日は放送開始90年を記念して、特別番組「90時間ラジオ」をお送りしていますが、大相撲放送は普段とは趣向を変えて、大横綱・双葉山、大鵬などの功績に光を当てながらお伝えしていこうと思っています。東京のスタジオには「90時間ラジオ」総合司会の山本哲也アナウンサーがいます。山本さん!

山本アナ:こんにちは。東京渋谷の131スタジオです。こちらには双葉山と大鵬ゆかりのゲストにお越しいただきました。元大関・豊山の内田勝男さんです。相撲協会の元理事長でもいらっしゃいます。時津風部屋入門時の師匠が双葉山。そして、大関・豊山として横綱・大鵬と30回以上対戦されています。内田さん、ようこそいらっしゃいました。

内田:どうも、宜しくお願いします。

山本アナ:久しぶりの相撲放送、いかがですか。

内田:極度に緊張しています(笑)。

山本アナ:(笑)そんなことないでしょう?

内田:いえ、本当ですよ。

山本アナ:ええ?(笑)土俵に上がるような感じですか?

内田:ええもちろん。

山本アナ:そうですか、今日はひとつよろしくお願いします。

内田:よろしくお願いします。

山本アナ:北の富士さんもいらっしゃいますのでね、お話を聞かせてください。今日は皆さんからのメッセージを募集しております。双葉山・大鵬の思い出、さらに今の大相撲に期待することをお寄せください。大相撲中継の中で随時ご紹介させていただきます。この後、東京のスタジオからは過去の貴重な音源と、内田さんの話で振り返ってまいります。私も「巨人・大鵬・卵焼き」の世代の一人として楽しみにしております。

佐藤アナ:北の富士さん、東京のスタジオには元大関・豊山の内田さんがいらっします。

北の富士:ええ、そうなんですよね!

佐藤アナ:ちょっと話しかけてみていただけますか。

北の富士:もしもし、お疲れさんでございます。北の富士です。

内田:ああ〜お疲れ様です。いつもテレビで拝見しております。

北の富士:はいどうも(笑)、親方もお元気で。

内田:おかげさまで。

北の富士:今日はどうも宜しくお願いします。

山本アナ:おふたりは結構久しぶりなんですか?

北の富士:久しぶりですよ。23年お会いしていないと思います。

山本アナ:そうですか!二人のお話を本当に楽しみにしたいと思いますので、よろしくお願いします。

内田:今山本さんと話をしたんですが、私が両国界隈で買い物してた時、親方(北の富士)が私の後ろ姿を見て「ちょっと行ったけど戻ってきたよー」って声掛けてくれたの覚えてますか?

北の富士:ああ、いや…(笑)そんなことありましたか!

内田:びっくりしましたよ。

山本アナ:いつ頃なんでしょうかね、それは?

北の富士:僕はちょっとそれ、分からない(笑)。すいませ~ん。

山本アナ:ちょっと物忘れかもしれませんが(一同大笑い)

佐藤アナ:それだけ内田さんも驚いて嬉しかったと…

北の富士:いやあのね、人づてにはお元気だと聞いておるんですよ。ゴルフも盛んで、相変わらず好調だと(笑)。

佐藤アナ:お二人とも元気いっぱいということが、お声を聞いてもラジオの皆さんおわかりかと思います。

山本アナ:内田さんは今77歳、喜寿でいらっしゃいますが、とっても元気でスラッとしてらして。何と言いますか、昔の男前そのままだな、という感じですよ。

佐藤アナ:「スラッとしてて男前」は北の富士さんも負けていませんが。

北の富士:いや、でっぷりしてきましたよ。

佐藤アナ:そんなことはないと思いますよ(笑)。

北の富士:もう親方は昔から健康に留意してね、よく歩いてたしね。それは本当に素晴らしかったですよ。

佐藤アナ:北の富士さんも今、毎日大阪城公園の周りを歩いていらっしゃる。

北の富士:ただ花粉症でね、怖くて歩けない(笑)

<取組実況/勢×臥牙丸>

佐藤アナ:大相撲の功績を伝えるということで、まず双葉山です。実はNHKの放送資料でも、ほとんど双葉山の取組は残っていなかったんですが、その取組を探し出しました。昭和14年の一月春場所。この場所は相撲ファンの方ご存知だと思いますが、4日目に69連勝で連勝が止まったその後10日目、前田山との取組です。今から76年前の音声ですから聞き取りずらい部分もありますが、どうぞご了承ください。76年前の懐かしい音声です。どうぞ。

<取組実況/双葉山×前田山>

※双葉山が巻き替えて右四つ、両者土俵中央に残る。左上手を取って1分経過。がっぷり四つから前田山の掬い投げに双葉山はふらつくが、向き直ると真っ向から寄り倒し。

佐藤アナ:当時の国技館の熱狂が伝わってくるのがよくわかりますが、内田さん。師匠の取組をお聞きになって、どんな感想をお持ちでしょうか。

内田:ええ〜もう本当に…(ため息をつきながら)何と言うか、胸を締め付けられるような感慨があります。

佐藤アナ:この場所の途中に連勝が止まってしまったんですが。どうでしょう、その双葉山から現役時代のお話もいろいろお聞きになったのでは。

内田:ええ、いろいろご指導いただきました。

佐藤アナ:例えばどんなことが今でも心の中に残っていますか。

内田:うちには時津風親方の他に8名ほどの親方がおりまして、それぞれああしろこうしろという指導や叱咤激励がありましたが、(双葉山は)一切…まあ、「静かにせい」ということでしたね。「そんなことは人から言われて体を動かすのではなく、自分が肌で感じて、それで体が対応していかなければ相撲は取れない」という論拠からだと思いますよ。

北の富士:(感心するように唸る)

佐藤アナ:多くを語らず、という方だったんですね。

内田:23時間(稽古場に)来られても、ああしろこうしろとはほとんど言われなかったですね。十分な稽古の雰囲気を作ることが師匠の考えだったと思いますよ。

<取組実況/大砂嵐×千代鳳>

佐藤アナ:双葉山といえば何と言っても「後(ご)の先(せん)」と呼ばれた立合いで知られています。その立合いについて、引退後の双葉山が語る貴重なインタビューの音声が残っていましたので、今度はその声をお届けしたいと思います。

双葉山「受けて立つというのは、ふた種類あると思うんです。非常に力量の違う人で、向こうが立ってくる所をよいしょと受けて立って、一歩下がって相手を負かす、というのと、向こうの声で立って、立った時にこっちは既に後の先を取ってる、というやり方もある。私は後者だと思いますが。そういうふうに、向こうが立てばいつでも立つ、という気持ちになると、かえって気が楽になる。「今度は立つな」と思うようなことが、カンと言いますか、相手の動作で大抵分かるんですね。」

佐藤アナ:内田さん、今お聞きになっていかがですか。

内田:そうなんですね。そういう師匠の考えを、もちろん実践されたんでしょう。

佐藤アナ:どうでしょう、あまり多くを語らない師匠だったということですが、師匠双葉山の強さ、そして魅力というのは内田さんはどうお考えでしょうか。

内田:強さというのは正直言って、相撲を実際見たこともないし、論評のしようもないと思うんですよ。ただ、私がいつも一番思うのは、自分の部屋から稽古場まで20mくらい歩いて来られる際、もう〜ほとんど足音は聞いたことないですね。普通だったら板の廊下を歩くんですから、ドシドシとかそれに近い音がするんでしょうけれど、全く聞いたことありません。

<取組実況/蒼国来×旭天鵬>

内田:今でもとても心に残っていることに、NHKの解説をやられた玉の海梅吉さんが私に言ったことがあるんですよ。玉の海さんは双葉山の歩く姿をず〜っと見とったそうなんですが、「足を高く上げるのではなく、常にすり足のように見えたんだよ」と。「あれが土俵に活かされた。だから土俵と私生活が直結しとったんだろうね」と。常に相撲と生活をつなぎ合わせておられたのかな、と思いますね。

佐藤アナ:普段の生活の中でもすり足。しかもそれは引退された後(の話)ですよね。

内田:意識的じゃなく、常にそういうことを心がけて日常生活を送っていたからなんだろうと。私の推測ですけどね。

山本アナ:佐藤さん、あとですね、後の先は「後ろの先」って書くんですね。双葉山の話を聞いてると、立つのは同時だということなんですね。同時なのに全部ちゃんと受けて立つのはどういうことなんでしょうか内田さん。

内田:仕切りの間隔は70㎝ありますよね。そこから一番近い距離で立ってくるわけですから、それよりも後ろから勢いを付けてくることもあります。そうするば必然的に前に行くので、上体が浮くと思うんです。しかし、しっかり腰を据えて待っておれば下から掬うように立てるわけですから、立ち遅れじゃなくて、むしろ優位な態勢になることも十分あるわけですよね。恐らくそれが「後の先」だと。私の解釈ですが。

佐藤アナ:大阪の北の富士さんも頷きながらお聞きになっていらっしゃいましたが。

北の富士:ええ。やはり止まっていれば力士というのは、立合い早く立とう、早く立とう、という気持ちが強いと思うんです。だから敢えて相手に先に立たせておいて、自分はじっくり腰を下ろしておいて、下から掬うように立つというね。そんなようなことかなと思ったりしてるんだけど、自分は「後の先」という気はひとつもなかったし、もう〜先に早く行くしかなかったもんでね。絶えず腰高のひどい立合いをしてましたよ。

佐藤:それだけ、(相手に)立たせてから自分優位の態勢に持ち込むということが、いかに難しいことか。

北の富士:難しいですし、自信が無ければそういう立合いできませんよね。

佐藤アナ:それを実践していたのが内田さんの師匠、双葉山だったということになるわけですが。

<取組実況/豊響×旭秀鵬>

<交通情報>

<十両取組結果>

佐藤アナ:NHKラジオの大相撲中継は昭和3年から始まり、87 年の歴史を重ねてきました。その間、双葉山の69連勝あるいは大鵬の優勝32回、と、数多くの名力士、名勝負をお伝えしてきたわけです。そしていま、平成に入り白鵬が69連勝に迫り、また大鵬の優勝回数を先場所更新したといったことで、あらためて過去の大横綱の功績に光が当たっています。そこで今日は双葉山、大鵬といったところにも注目してお伝えしていきます。北の富士さん、先ほど双葉山関の「後の先」をお聞きしましたが、あの境地に行くには並大抵のことではないということですね。

北の富士:ええ。双葉山関の「後の先」の後、強豪横綱も出てますが、「後の先」を目指した横綱はそういないんじゃないかと思うんですよ。ここにきて、白鵬が最近やたらに「後の先」という言葉を使い出しているんですがね。それがいかに難しいかってことを物語っていると思うんですね。

佐藤アナ:相手に立たせて、相手と組み合った時には自分の有利な態勢になっているという。

北の富士:それはねえ、よほど確固たる自信がないと…立てませんよ!

佐藤アナ:亡くなった後によく言われていることですが、双葉山は少年時代に右目を失明していたり、右手の小指も不自由だった、ということも影響してるかもしれない、ということも。

北の富士:あのくらいの横綱になると、いろんな伝説が出来上がりますからね。

佐藤アナ:双葉山は69連勝中、当時は年2場所開催で3年にわたって負けなかったわけですが、(ひと場所)11日制の時から双葉山人気が沸騰して、13日制に変わり、さらに15日制へ、ということで、相撲の開催日数も双葉山によって変わったということもあるわけですからね。まさにこうして大相撲の歴史に名を残している双葉山です。

<取組実況/北太樹×佐田の富士>

佐藤アナ:さて、ここまでは昭和の大横綱・双葉山についてお伝えしましたが、北の富士さんの師匠といえば、第41代横綱・千代の山。優勝6回を誇るわけですが、実は千代の山の取組の音声もあったんですよ。

北の富士:ああ、そうですか。

佐藤アナ:そうなんです。唯一の全勝優勝が、昭和32年の一月場所。実は…。

北の富士:ああそうです、私が入門した時ですね。

佐藤アナ:千代の山が全勝で6回目にして最後の優勝だったんですが、その初場所の12日目、11戦全勝の千代の山が92敗の大関・若乃花と対戦した取組みが残っていました。両者にとっては優勝に向けての大事な一番。その実況をどうぞ。

<取組実況/千代の山×若乃花>
※がっぷり右四つのまま水入り、その後も双方取り疲れてさらに取り直しとなり、千代の山が寄り切って勝負がつく。

佐藤アナ:水入り2回、2回目の取り直しだったという一番です。

北の富士:ええ!あれはね、うちの親方は右四つが固かったので十分に組み勝ったんですが、やっぱり若乃花関はしぶとかったからね。それで2番も取り直しになって、引き分けにしようかっていう話になったらしいんだ。そしたら若乃花関が頑としてね(笑)譲らなかった。取る、と言う。うちの親方は気が優しい人ですから、それでも結構だって言ったらしいんだけどね(笑)。結局は取り続けて勝ったんですがね、覚えてますよ、僕はまだ子供だったんですけどね。

佐藤アナ:(北の富士さんが)入門直後で、その場所も見ていた記憶はありますか?

北の富士:学生服着て毎日支度部屋に通ってましたから。

佐藤アナ:じゃあ鮮明に覚えてらっしゃると。

北の富士:ええ、覚えてますよ。1月に入ってすぐ場所中になりましたんでね、学生服のまま毎日通ってました。

佐藤アナ:北の富士さんから見て師匠の強さ、あるいは教わったこと、いろいろあるとは思うのですが。

北の富士:師匠といってもね、当時の部屋(出羽海)の師匠は常ノ花ですからね。その後(千代の山が)師匠になりまりましたけど、膝が悪くてね。稽古場で膝を痛くすると、すぐ「休場だ」ってね。休場しがちな親方だった(笑)。それが心配だったですよ。これが最後の優勝になりましたね。

佐藤アナ:では現役時代の北の富士さんにも、怪我をしないようにとかなり指導されていたんでしょうか。

北の富士:いや~、僕らはたまに胸に当たらせてもらいましたけど、胸が固くてね、もう当たるたびに眩暈するんだよね(笑)

佐藤アナ:鋼のような体だったと。

北の富士:そうです。

佐藤アナ:細身の体ではあったわけですが。

<取組実況/荒鷲×嘉風>

佐藤アナ:北の富士さんが入門の時は兄弟子であり、その後親方になった千代の山さんの取組もご紹介しました。東京のスタジオの内田さんは東京農大を卒業し、学生横綱として幕下付出しで師匠・双葉山の時津風部屋の門をたたいたわけですが、入門時の師匠とのエピソードで覚えてらっしゃることはありますか。

内田:ん〜そうですねえ。幕下10枚目格という付出しで扱われたんですが、格別それについての話も無かったですね。

佐藤アナ:そうですか。入る部屋を迷われた経緯もあったんでしょうか?

内田:23の部屋から勧誘は受けたんですが、横綱・鏡里がわざわざ新潟の田舎まで来て下さったんです。私はお会いしたくなくて自転車でかなり遠いところまで逃げたんですが、お袋が鏡里…立田川親方ですけれど、誠実そうでいい親方だったよ、と言ったことで私の気持ちが傾いたことは事実なんです。

佐藤アナ:入門して所要5場所で幕の内に上がり、新入幕で迎えた時の取組の音声もあるんです。小城ノ花との一番を聞いていただきましょうか。

<取組実況/豊山×小城ノ花>
※昭和37年(1962年)一月場所千秋楽、東前頭筆頭小城ノ花との対戦。すくい投げで豊山の勝ち。新入幕で123敗、敢闘賞、そして準優勝。35年初場所の大鵬と全く同じ成績を収めました、とアナウンス

佐藤アナ:内田さんどうでしょう。新入幕の場所、大活躍だったんですが、覚えてらっしゃいますか。

内田:そうですね、蘇ってきます。

佐藤アナ:入門間もない時にこれだけの活躍、何が結果に結びついたんでしょう。

内田:むしろ多くのことを知らなかったことで、ただただ土俵に集中できたということじゃないでしょうか。

佐藤アナ:なるほど、あまり考えすぎず取れていたということですね。

内田:そうですね、それとやはり周りの力士の皆さんもですね…(土俵上の取組となり中断)

<取組実況/松鳳山×阿夢露>

佐藤アナ:先ほどはお話の途中で大変失礼いたしました。新入幕のことが少し蘇ってきたということでしたが、どんな状況だったのでしょうか。

内田:感無量というか、こんないい時代もあったんだなと(笑)今そんなふうに思ったりしてますよ(笑)

佐藤アナ:相撲の技術面での指導はどうでしょう。師匠の双葉山・時津風親方からは。

内田:全くなかったです。全くですよ。周りの親方がああせい、こうせいと言うと、むしろ厳しく制しましたね。

佐藤アナ:技術面ではなかなか指導がない。それでも何か口酸っぱくといいますか、指導されたことはあるんでしょうか。礼儀面などそのあたりは。

内田:とにかく威厳がありましたから。自然に言われなくても、やはり自分たち、弟子の方であれやこれや色々と気を使っていたことは間違いないと思いますよ。

山本アナ:さっき放送前にお話を伺っていたらね、内田さんはとにかく親方とお二人で一緒にいることが多かったそうなんです。色々なところに二人でお出かけになった、とおっしゃっていましたよね。

内田:ええ。師匠は日蓮(宗)を信じておりましたので、山梨県の久遠寺にご一緒したり、釣りに誘ってもらって釣り船に乗ったりしてね。映画も一緒に見に行きましたし。

佐藤アナ:そうですか。そういう時は何か話しながら?

内田:いえいえ、寡黙でほとんど何もお話になりませんね。

山本アナ:そういう時に「相撲はな」って話はないんですか?

内田:ええ、全く無かったですね。

佐藤アナ:ただ、稽古場で一度胸を出していただいたこともあったようですね。

内田:こうするんだよ、君は右四つだからこうする、というような指導の仕方です。実際、ぶつかり稽古で胸を出していただいた経験はありません。

佐藤アナ:何かこう、雰囲気や佇まいの中から感じ取らせるといいますか。

内田:師匠はまわしを締めて稽古場に降りられて、自分で四股を踏んだりテッポウしたり摺り足したりしてですね、この姿を見なさい、という指導をおそらくされたと思うんです。だから口うるさくは言われませんでした。

北の富士さん:(唸るように)ふーん。

佐藤アナ:北の富士さんどうですか、そのあたりのお話はどうお聞きになりましたか。

北の富士:いやあもう…なんて言うんでしょうねえ。僕は遠目からチラチラ何度かお見かけしたことはありますが、一緒にいると息もできないんじゃないかと思うぐらいで…。

佐藤アナ:それだけ緊張感、威厳もあったんでしょうね。土俵上は内田勝男さんの弟子にあたる時天空が上がりました。

<取組実況:時天空×千代丸>

佐藤アナ:時天空が入門した頃、平成14年の名古屋場所は、時津風親方であった内田さんがちょうど定年を迎える直前だったということで、向正面の三瓶さん、時天空にもいろいろ思い出があるようですね。

三瓶アナ:時天空は内田さんのことを「先々代」と呼んでいます。入門して1ヵ月で先々代が定年になったので部屋で一緒だったのは本当にわずかでしたが、定年後も様々な場面でお世話になりました、と。新十両に上がった時、東京農大の卒業式と重なってしまい、時天空が卒業式に出られず、内田さんに卒業証書を受け取りに行ってもらったそうです。また、新十両の時にモンゴルからご両親を招待したそうなんですが、その時に「大変だろうから」ということで、モンゴルから日本に来るための交通費を全て出してもらいました、と。本当にもう、お世話になりっぱなしで感謝ばかりです、今でも話す時は緊張します、という話をしていました。

佐藤アナ:という時天空の話、支度部屋で話をしてくれたんですが。内田さん、お聞きになっていかがですか。

内田:ええ、そんなこともありましたね(笑)

佐藤アナ:内田さんも時津風部屋の師匠として弟子を教える中で、双葉山の教えや習ったことを引き継いでいきたい、というようなことはあったのでしょうか。

内田:…難しいですよね。師匠のことを真似ようったって、ただの真似ですから。こういう時にはこうすればいいんだな、ということは、自分なりに置き換えて、やれることはできますがね。コピーじゃ、やっぱりただのコピーですからね。力のない者が双葉山・時津風親方の真似なんかしたって、おかしなもんですよ。だからこういう時にはこういうふうにしたらいい、というようなことは、本当に助かりましたね。

佐藤アナ:そのあたり、北の富士さんも師匠になった時に、自分の哲学を持ちながらやるということは、わかるところはありますか?

北の富士:まあ僕はどちらかというと、口うるさい方だったかもしれない(笑)。俺の逆をやってりゃあ強くなるぞ、ってことはよく言ってましたけど(笑)。大した、これというものは無かったですからね。

佐藤アナ:いやいやいやいや、いや内田さん、そんなことはないですよね北の富士さんは。

内田:そりゃもう、横綱になるってことは生半可なことじゃないですから。

北の富士:(笑)

内田:僕は北の富士さんと玉の海さんの友情はとにかくもう、強く感じてるんです。

佐藤アナ:同時昇進ですね。

内田:時間があれば、話をしたいと思うんですけれども。

佐藤アナ:大鵬さんは「柏鵬時代」と言われましたが、そのあと横綱ふたりの名前がついた時代と言えば、北の富士さんと玉の海さんの「北玉時代」。そういったお話も後ほどお聞きしていこうかと思っています。

<取組実況/琴勇輝×誉富士>

<交通情報>

<朝日山親方(元大関・大受)の定年退職会見>

佐藤アナ:元大関・大受の朝日山親方の定年の会見の様子、本人の言葉をお聞きいただきました。徹底した押し相撲、そして昭和48年の春場所は、当時史上初の三賞独占、引退後は平成9年から朝日山部屋を継承し、大真鶴などを育てました。定年を前に朝日山部屋を閉鎖し、力士は伊勢ヶ濱部屋に転籍をしています。北の富士さんも、大受が若くて勢いのある頃によく稽古されたことを思い出すのではないですか?

北の富士:やー、毎日出稽古に来てくれましてね。「くれました」ってね、最後は嫌なんですがね(笑)。もう、押されるんですよ、土俵でも本場所でもそうなんですが。足袋を履いててもすぐ擦り切れてね、足の裏からいつも血を出してましたよ。

佐藤アナ:大受といえば押し相撲。徹底した押し相撲でしたね。

北の富士:前に落ちなかったですね。そりゃもう、ねちっこい押しをしてましたよ。ああいう押しをする人は今いないだろうねえ。

佐藤アナ:ああいう個性のあるというか、本当に押し一筋という力士が出てくれるとまた土俵も盛り上がっていくんですけどね。ま、それを作り上げるには並大抵の稽古ではなかったと思いますが。

北の富士:解説の玉の海さんが「土の匂いがする力士だ」って形容されましたけれども、まさにそんな感じだったですね。

佐藤アナ:どうでしょう、今、現役の中で土の匂いがする力士というのは。

北の富士:んー、オーデコロンの匂いがする奴はいるけど(笑)

佐藤アナ:ははは、おしゃれな力士は増えたかもしれませんが。

<取組実況/常幸龍×豪風>

佐藤アナ:前半戦が終わりました。東京のスタジオの山本さん。

山本アナ:はい。いろいろとメッセージをいただいております。まずこちら。「相撲が大好きな祖母の影響で、私も毎場所見ています。祖母の話で聞く双葉山はどんな力士だったんでしょうか。とても気になっています」。それから「大砂嵐がカチ上げをよくやりますが、私の記憶では、北の富士さんのカチ上げが凄かったと思います。長谷川関との睨み合いの後、北の富士さんの強烈なカチ上げに、長谷川関が失神してしまったと記憶しております」。これは是非後ほど内田さん、北の富士さんに聞いてみたいものですね、本当にね(※笑っているのは北の富士さん?)。それから「相撲大好きです。最近の相撲にモノ申す。横綱は特に受けて立つべきで、立合いで張ったり叩いたり引いたりして、勝ち星を稼ごうとせず、がっぷり組む取組を希望します。また懸賞をもらった後、やったぞと言わんばかりに高く掲げるのは、良いマナーとは言えないと思います」。

内田:全くです。今23そういう力士がいますけどね、これはもう、大いに慎むべきです。

山本アナ:他にもいろいろ来ています。「外国人力士が活躍して将来楽しみなんですが、子供のころは大鵬ファンだった」という方もいらっしゃって。またどしどしメッセージをお寄せ下さい。

5時のニュース>

山本アナ:さあこれからは上へどんどん上がっていくところですが、後半戦はどういうところをご覧になりたいですか。

内田:まあとにかく攻防のある相撲を見たいですね。

山本アナ:理事長時代は特に立合いについて、所作についても厳しい指導をされてましたね。

内田:そうですね。よくみんなに集まってもらって研修しましたね。立合いが相撲の原点ですから。立合いから始まるわけですから、それをちゃんと指導しなきゃいけないし、力士にも実践してもわなければ。行司さんも呼び出しさんも全て含めての社会ですから。

佐藤アナ:その立合いなどにも後半は注目しながら見ていこうと思います。

<取組実況/宝富士×碧山・当日の幕下上位からここまでの取組結果・取組実況/栃煌山×高安>

佐藤アナ:さて、豊山が大関昇進に向けて大事な場所で大鵬と対戦をいたしました。昭和38年初場所で大鵬に6回目の挑戦をした、その相撲を紹介することにいたしましょう。

<取組実況/豊山×大鵬>
「豊山、身長189cm、体重130kg、年齢25歳。大鵬、身長は187cm、体重は138kg22歳。上背で豊山勝り、体重で大鵬が勝っていますが、まさに堂々の両力士。豊山、左から入った!豊山、待望の左四つになった。過去5回の対戦は大鵬5戦全勝、豊山は全くまわしが取れませんでしたが、今日は上手い立合いでついに左が入りました。しかし大鵬は右の上手を与えておりません。勝機はいずれに?どちらが動くか?大相撲であります!長い相撲になりました。左からひねって右から上手投げ、豊山寄り切る!寄り切る!豊山の勝ちであります!ついに全勝大鵬敗れました!6回目の対戦で豊山、初めて大鵬を破りました!」

佐藤アナ:という相撲でしたが内田さん。当時のことを懐かしく思い出されたのではないでしょうか。

内田:そうでしたね(笑)

佐藤アナ:大関昇進に向けて駆け上がっていく時、まさに柏鵬時代。柏戸、大鵬が立ちはだかるという中だったのですが、当時、大鵬さんの強さをどう感じられましたか。

内田:私は前捌きが下手な方でしたが、大鵬関は両手をクロスするようにして立つんです。だからなかなか差すことも容易じゃないですし、まわしを取れて少し力が出るという状況ですから、勝つことは至難の業でした。

佐藤アナ:北の富士さんはどうでしょうか。やはり大鵬さんとは何度も対戦がありますが。

北の富士:僕は合い四つですからね。どうしても左四つに組み止められたら、体力的に…まあ体力的にばかりじゃないんでしょうが、やっぱり勝てなかったですね。ただ、今放送聞いてますとね、豊山さんが130㎏ですよ。190㎝のね。大鵬さんが188㎝・136㎏とかそんなもんでしょ(※実際の身長体重は上記参照)。だから今の力士と比べるとね、体がまるで違うんだよねえ。僕は最高大きい時で136㎏ですから。やっぱりそういう面も今の相撲とはちょっと違うかもしれませんね。

佐藤アナ:北の富士さんは大鵬さんと(の対戦成績)は526敗と、大きく…

北の富士:たった5勝しかしてない?

佐藤アナ:あの、手元の資料を見ると…(一同笑う)

北の富士:ははは。ただね、物言いついた相撲とかね、言わしてもらえばもう〜俺は勝ってたなっていう相撲が何番かあるんですよ。…ただ、勝ったのは5番ですか。大したことないねぇ。

佐藤アナ:いやいや、それほど、やはりですねぇ…。

北の富士:やはりね、大鵬さんの全盛時は付け入る隙が無かったですよ。

<取組実況/逸ノ城×徳翔龍>

佐藤アナ:逸ノ城が今日勝ち越しを決めました。去年が幕下格付け出しで一気に内田さんのように幕内にまで、そして三役まで上がっていきましたが、逸ノ城については内田さん、どういう印象ですか?

内田:東京の時津風部屋に来てたので実際稽古を見たんです。まあ体は申し分ないし、腰も重いのかなと思うんですが、やはりちょっと相撲が消極的かなと思うんですよ。今日なんか攻めてましたけど、ガタイがあるんですから、もう少し十分に腰を下ろして仕切ってですね、低い位置から立つと相当な圧力でしょうから、それはもう、これを磨いたら将来かなり仕上げてくると僕は思いますよ。

<逸ノ城の勝ち越しインタビュー>

<館内で大相撲観戦中の元大リーグ、デレク・ジーター選手の感想コメント>

<取組実況/佐田の海×玉鷲>

<翌日の十両・幕内の取組発表>

佐藤アナ:後半は大鵬さんにも注目しながらお伝えしていますが、大鵬といえば、柏戸と同時昇進。その2人の、昭和36年秋場所の一番があります。インタビューを交えてお聞きいただきます。どうぞ。

<取組実況/大鵬×柏戸>

「さあ時間いっぱいだ、柏鵬の決戦、待った無しだ。軍配が返った。大鵬が十分に構えた、柏戸突っ込んだ、大鵬右差し寄った、柏戸、柏戸、柏戸、残った残った!柏戸もろ差し!もろ差し!柏戸寄った!来た来た来た!うっちゃったうっちゃった!大鵬の勝ち!大鵬の勝ち!大鵬勝ちました!」

<当時のニュース>

大鵬は2場所連続二度目の優勝、横綱昇進が決定的になりました。そして待望の番付編成会議は蔵前国技館で開かれ、その結果秀ノ山理事が

「番付会議の劈頭、大鵬・柏戸の横綱昇進を満場一致で推薦いたしました」

新横綱・大鵬は、横綱昇進の喜びを。

「まだちょっと(横綱に)なったような感じが全然しません(笑)人が何と言おうと、やっぱり自分の相撲でね…。」

新横綱・柏戸に、横綱としての抱負を。

「今までと違いますからね。まあこれからも精進して、これ以上に努力しなくちゃダメだなと思うんですね。」

(※以上、秀ノ山・大鵬・柏戸の肉声)

佐藤アナ:大鵬・柏戸の熱戦、そして同時昇進、その喜びの声。当時現役の大鵬さん、柏戸さんの非常に貴重な音源もご紹介いたしました。その柏鵬時代、大鵬さんのお話などは後ほど取組間を利用してご紹介していきたいと思います。

<取組実況/妙義龍×魁聖>

<交通情報>

佐藤アナ:北の富士さん、優勝争いにかかわる照ノ富士が土俵に上がってきましたが、どうでしょうか。

北の富士:そうですね、2敗は彼しかいませんから。何とか勝って、やはり白鵬の優勝を1日でも…ま、優勝はするでしょうから1日でも長引かせないと、一生懸命応援してくれる満員のお客さんにね、もったいないですからね。そう簡単に優勝を決められちゃあ申し訳ない。

佐藤アナ:今、照ノ富士の向こうから東の花道をゆっくりと横綱白鵬が入場。東の控え向正面側、腰を下ろしました。少し胸のあたりが紅潮しています。東京のスタジオには、前の前の時津風親方、内田勝男さんがいらっしゃいますが。

内田:はい。

佐藤アナ:豊ノ島が土俵に上がってきました。内田さんが定年最後の頃に入ってきた豊ノ島ですが、豊ノ島への期待はいかがですか。

内田:ちょっと白い物が目立ち過ぎますよね。

佐藤アナ:そうですね。今日は肩、腰、膝のあたりにテーピングをしていますが、小兵の体でよく頑張っているとは思うんですが。

内田:運動能力は抜群なんですよ。

佐藤アナ:小兵の体で高校時代は実績あるんですけれども、本当に稽古を積み重ねてここまで長く取っていると思いますが、そのあたりはどうですか?

内田:まあまあ頑張ってますけども、もう少しやはり体を絞ることを考えた方がいいんじゃないかな…。

<取組実況/豊ノ島×照ノ富士>

佐藤アナ:北の富士さん、今日の照ノ富士の相撲は。

北の富士:いやあこれは、強かったねえ。二本(豊ノ島が)差しても構わなかったね。もう有無を言わさずにねじ伏せた。昨日がね、ちょっと力が出なかっただけにねえ。

佐藤アナ:力なく魁聖に敗れてしまいました。

北の富士:これで10番でしょ?明日から一番一番が大事だねえ。12番ぐらい勝つと、すぐ大関の声がかかりますからね。

佐藤アナ:今場所関脇ではありますが、新三役なんですね照ノ富士。新三役の二桁というと、実はここのところあまり出ていなくて、平成17年初場所、白鵬が114 敗、その時以来10年ぶりということにもなるんですよね。

北の富士:でしょうねえ。そうは勝てる場所じゃありませんからね、初めてでね。しかし相撲がね、やっぱり力強いねえ!

佐藤アナ:今日は中に入られましたが、それはそれで。

北の富士:当然それも頭に入ってたんでしょうね。

佐藤アナ:これでいよいよ明日は白鵬との一番ですね。

北の富士:まあ〜明日はねえ。稽古をつけてもらうつもりでね。…かと言って、やっぱり勝つ気持ちも持ってね、向かってほしいですねえ!やあ〜もう、思い切ってやることやったほうがいいですよ!

佐藤アナ:白鵬は今日敗れるようなことがあれば(※11日目まで全勝)、明日は星の差一つで(2敗の照ノ富士と)当たるわけではあるんですが、今日勝って明日も照ノ富士戦で白鵬が勝った場合、もうこれで優勝は決定ということになるんですよね。

北の富士:琴奨菊が絶対勝てないってことはないでしょうけども、勝つにはこりゃ、何かね…白鵬によほど何かない限りは、ちょっと勝ちは動かないと思うんですよね。

佐藤アナ:いずれにしても、白鵬が二度目の6連覇、そして34回目の優勝に一歩一歩近づいているのは間違いないというところですが、横綱・白鵬の四股名というのが、柏戸・大鵬の「柏」と「鵬」、そして「柏鵬時代」と言われましたが、その響きからも由来していることでもよく知られています。大鵬さんのことを白鵬は角界の父と慕っていますが、その大鵬さんが横綱の重圧について振り返ったインタビューも残っていますので、ここでお聞きいただきましょう。

大鵬「うん…そりゃ確かに嬉しい。だけど、喜んではいられないんだよ。当たり前だと。その責任を果たしたことだけで、来場所になればもっと要求される、いろいろな技術とかそういうものをね。皆そういう風に見ているわけだから。それができなかった時に、なんだ大鵬どうしたんだとか、って言われるよと。」

佐藤アナ:北の富士さん、横綱のプレッシャーに通じるようなことですね、振り返った時に。

北の富士:そうなんですよね、横綱は喜んでばかりいられません。負けが込むとね、(※言葉に力を込めて)本当に…えらいものになったなぁっというね、後悔じゃありませんけど、そんな気持ちにさせられますよ。ええ。

佐藤アナ:内田さんはまさに柏鵬時代に挑戦して立ち向かっていた立場にありましたが、大鵬さんや柏戸さんに挑戦する時の気持ちというのはどうだったと今振り返られますか?

内田:まあ…平常心で取れればいいんですが、やはりそうもいかないんですよ。

佐藤アナ:いろいろ考えてしまうという意味で、平常心でいられないということでしょうか。

内田:そうですね。力無い者が高望みするみたいなもんで、どうしたら勝てるんだろう、と少しはやっぱり考えますからね。そうするとなかなかうまくいきません。むしろ考えず、とにかく当たって押し込むということが第一義なわけです。それから相撲が展開していくわけですからね。

佐藤アナ:素人的にはいろいろと策を練って考えることも必要なのでは、とも思いますが。そればかりでもいけない、というところに奥の深さを感じます。

<取組実況/稀勢の里×栃ノ心>

※稀勢の里、左四つ右上手で十分の形になったが栃ノ心が逆に寄って稀勢の里を寄り倒す。

佐藤アナ:いやいや北の富士さん、これは稀勢の里、もろかったですね。

北の富士:もろいというよりもね、左四つ十分じゃないですか。相手は不十分でね。(栃ノ心は)不十分なのに右からあんだけよく搾ったねぇ。(稀勢の里が)吹っ飛びましたねえ。

佐藤アナ:栃ノ心も怪力ではあるんですが、大関稀勢の里4敗目。

北の富士:ちょっとやっぱり大関としては情けない相撲だったですね。

佐藤アナ:大関陣がいずれも、日馬富士もそうですが、早々に白鵬の独走を許してしまった、というところもあります。

(白鵬・琴奨菊が登場)

佐藤アナ:さあ、土俵に横綱白鵬です。ただ一人、11戦全勝。もう追いかける力士、一敗の力士はいません。その中で独走状態を築きつつある白鵬。一歩一歩、34回目の優勝に近付いています。その白鵬が今、土俵に塩を撒きました。色白の体が、胸のあたりがわずかに紅潮していますが、表情はキリッと締まっています。平常心で塵手水を切りました。これから塩に分かれます、白鵬と琴奨菊です。

山本アナ:佐藤さん。

佐藤アナ:どうぞ。

山本アナ:ラジオのスタジオにも大きな50インチのモニターがあるんですがね、白鵬の所作をじーーっと内田さんがご覧になってるんですよ。

佐藤アナ:そうですか。

山本アナ:ええ。

佐藤アナ:内田さんはどんな心境でいらっしゃるんでしょう。

内田:いえちょっと……(※暫し沈黙のためか音声が一度切れる)…ですよね、勝負俵は。さっきも…

山本アナ:入ってる?どういうことで?

内田:勝負俵は入ってますけどね、あの…踏むんですよ。勝負俵ってのはね、あれ踏んじゃいけないんです。結界ですからね。あれを塩を取りに行くときにまたがなきゃいけないんですね。

山本アナ:ああ~。

内田:それを、足で踏んだりね、足の裏(で)こすったりしてるんですよ。あんなことはあるまじき行為なんですよ。

佐藤アナ:あ、そこをご覧になってらっしゃったわけですか。

内田:ええ、勝負の勝ち負け以前に大事なことですからね。

佐藤アナ:はい。…勝負俵というのはまさに土俵(の)円を作っているその俵のことなんですが。

内田:結界ですからね。あそこはもう、またいでね、できれば蛇の目の砂も踏まないのが昔のひとつの慣わしだったわけですよ。

佐藤アナ:ああ…なるほど、蛇の目というのは土俵のすぐ外側のところに砂が敷き詰められているわけですが…ん~なるほど。北の富士さん。

北の富士:はい。

佐藤アナ:確かにそのあたりはですね、厳しく指摘する方も少なくなってきてることは確かでは…?

北の富士:いや~もう、全くこの…

内田:ほら見てごらんなさい。

佐藤アナ:今踏みましたね。

内田:ね?あんなのダメなんですよ!

佐藤アナ:ああ~~…なるほど!

内田:横綱ってのはやはり品格、品位が必要なんですからね。

佐藤アナ:ええ。

内田:そこをもうちょっとね、やはり彼自身は考えないとね、いけませんよ。

佐藤アナ:はあ~。

山本アナ:それとね、こんなFAXが来ております。「豊山さんの仕切りや土俵のマナーは、甘いマスクと同じで本当に美しい姿でした」と。「今の力士に参考にさせたいです」という、団塊世代の大相撲大好きな方からいただいております。

内田:(笑)恐縮です、ありがとうございます。

佐藤アナ:確かに北の富士さん、理事長時代の時津風さんはですね、土俵の所作、それから立合い含めて厳しくされていたなという印象もありますが。

北の富士:…はい、そうですね。あの~、今の話をね、聞きましたけども、これはもうほとんどね、まあ注意する人もいないんだろうし…

内田:北の富士さん!

北の富士:はい。

内田:いいですか?

北の富士:はい。

内田:僕らの時はね、師匠の双葉山の時津風親方がですね、ちゃんと所作も含めてですよ、手刀をちゃんと切れというふうに指導ありましたよ、場所中にですよ。

北の富士:ええ。ええ。

内田:今そういうこともね、白鵬に最も欠けるところですよ。

北の富士:そうですねえ。

内田:土俵は踏む、手刀はいい加減ね、そんなことじゃね正直言ってね、ちょっと…許せません、私は(※怒りで声が震えている)

北の富士:だんだん少しそのへんが、だんだん…むしろ良くなってない、悪くなってくるからちょっと心配ですよねえ!(※声が上ずり気味)

内田:ねえ、残念ですよねえ、これからでもそれを改めてですよ、やはり実力に伴うような所作を含めてですよ、日本の相撲文化をね、ちゃんと伝承してほしいですよ。

佐藤アナ:まあ、数字の上では過去の大横綱…数字の上では超えてはいくわけですが…

北の富士:いやあ~

佐藤アナ:ただそれだけではない。

北の富士:そうなんですよ。

佐藤アナ:品格。

北の富士:実際ね、まあ強い横綱ではあるけども、やっぱりそのへんがまだまだね、双葉山関、大鵬関に及ばないとこですよねえ。

佐藤アナ:ああ。

北の富士:まあ、自覚を持たないとダメだよね。

佐藤アナ:白鵬に対して厳しいご指摘を、我々も久々に聞くことができました。では東京のスタジオに元豊山の内田勝男さんをお迎えしてお送りしていますが、さあ白鵬と琴奨菊の相撲が制限時間一杯を迎えました。あ、失礼しました。え~…まだ、制限時間前の仕切りです。大変失礼しました。白鵬の体は少し紅潮してきました。今日は2敗の照ノ富士は勝って、2杯を保って102敗。明日はその照ノ富士と白鵬の一番が13日目に組まれました。ここで制限時間一杯です。

<取組実況/白鵬×琴奨菊>

 白鵬、全く寄せ付けず12 戦全勝。これで明日にも優勝決定も、と佐藤アナ。

佐藤アナ:北の富士さん、相撲内容はもう寄せ付けない、という感じですかねえ。

北の富士:そうね、左前ミツを取れないと見たら、すぐ突き放して行きましたね。そうした後一気に両ハズで。あとはマナーだけだね。

佐藤アナ:マナーですね、そうですね。どうでしょう、このあたりはやはり、師匠がしっかりとしなければいけないという…

北の富士:まあ白鵬に言ってるには言ってるんでしょうけど、もっと上の者が言わないとね、偉い人がビシッと。

佐藤アナ:あるいは横綱の先輩の、今の理事長が言うということも一つでしょうか。

北の富士:それはもう、昔はちゃんとそういう指摘はしましたよ。

内田:今、北の富士さんが言うようにですね、昔は元若乃花の二子山理事長が「君たち、集まれ〜っ!」ちゅうてですね、全部関取衆を集めてですよ、「お前たち、何やってんだ!」と。そういうように口調も荒かったんですよ。それほど真に相撲と向き合っていく、という意気込みはありましたけどね。だから繰り返して言いますけど、白鵬は成績はもう十分なんだから、そこに品位・品格がついていかないと、やっぱり一流の横綱とは言えない、と思いますよ。

佐藤アナ:その品格が備わってくれば、いよいよ「平成の大横綱」という称号もピタリとはまってくるような感じになるのでしょうか。

内田:品格というのは時代でも変わるでしょうけどね、動作というのはね、所作というのはこんなこと、幼稚園の人だってわかることですよ。こうしなさい、ああしなさいと指導されてるわけですから。それを励行できないということは、いかに相撲に真に向き合っていないか、というふうに私はとらざるを得ないんですよ。

佐藤アナ:なるほど。その辺りは白鵬自身が自覚をしなければならないというところもありますし、周りを固める…あるいは今の理事長あたりから厳しく言う、ということも必要になってくるかもしれません。相撲は他を寄せ付けない強さで12戦全勝とし、もういよいよ明日13日目にも白鵬34 回目の優勝決定か、と、まあ明日決定ならずとも、かなり手中に収めつつあるという中で明日照ノ富士戦を迎えます。

<今日の幕内取組結果>

<取組実況/豪栄道×日馬富士>

※豪栄道が右四つになるが先に日馬富士が左上手、その後豪栄道も左上手を引き返して寄ったところを堪えた日馬富士が右からの下手投げで3敗を守る。

佐藤アナ:北の富士さん、明日は白鵬照ノ富士戦ですね。

北の富士:ああそうですね、明日は大一番です。今場所の…もうね、今場所の結びの一番と言ってもいいよね。

佐藤アナ:そうですね、どんな相撲になるか。内田さん、最後の相撲まで久々に…半分解説も交えながらではありましたが、ご覧になっていかがでしたか。

内田:あの〜、まあ…こういう場にいると、なおさらなんかね、ちょっと違う面も見られますね。

佐藤アナ:普段ご自宅で観戦するのと違って、北の富士さんともやりとりしながらではありましたが。

北の富士:親方どうもありがとうございました。

内田:ええ、お世話になりました。

北の富士:親方、思い出しました。オーガニックのシャツ屋さんでお会いしたんじゃなかったですか。

内田:そうでしたね(一同笑う)

山本アナ:北の富士さん、良かったですね、思い出して(笑)

北の富士:はっは、ありがとうございます(笑)

内田:こんなこと電波に乗っけていいんですか?

(一同大笑い)

佐藤アナ:北の富士さんはラジオ放送いつもこんな感じですから(笑)

内田:そうですか、楽しませてもらってますよ。

北の富士:どうも。

佐藤アナ:内田さん、白鵬への苦言もありましたが、今の相撲界へ期待すること、どんなことがありますか。

内田:ひとつはやはりね、相撲・歌舞伎も含めてですね、日本古来の文化なんですから、そこに携われるってことにひとつ幸せを感じて、研鑽(けんさん)して、いい相撲にしてほしいと思います。

山本アナ:佐藤さん、隣にいてね、内田さんの目が本当にどんどん血走るくらいに熱を帯びてくるのを、この時間私はずっと感じてましたよ。それだけお相撲が、離れても離れても好きだなっていうのが分かってね。

佐藤アナ:そうでしょうね。しかも白鵬の所作のところ、そういったところで厳しい目に変わっていったんだろうなと思います。こういったご意見番のような方、また常に相撲界を見つめていただいて、時にはまた言葉をかけていただきたいと思います。

北の富士:もうほんとですよね。機会があればまた、助言をいただいて。

内田:いや北の富士さんはね、場所前に稽古場を見て回るでしょうから、いくらでもそういう機会あると思いますから、ひとつ白鵬に限らず、相撲発展のために力を貸してやってください。

北の富士:わかりました!

内田:私も他人(ひと)ごとじゃないですから、努めて頑張ります。

北の富士:はいっ、宜しくお願いします。

内田:宜しく願います。

佐藤アナ:今日はありがとうございました。

内田:ありがとうございました。

佐藤アナ:今日は内田勝男さんをお迎えしてお送りしてまいりました。さあ、大相撲は明日白鵬ー照ノ富士戦、白鵬(が)勝てば優勝決定という状況になりました。このあたりで失礼します。さようなら。

 

(終わり)

コメント

これは貴重な文字起こし、ありがとうございます。
ネットで評判だったり、千秋楽のテレビ中継で刈谷さんが言及してたりしたので、
誰かやってくれないかな、と他力本願で思っていたのですが…感謝です。

OBの方の今の大相撲、そして白鵬に対する思いがリアルに感じられました。

うぃぬっさん>

コメントありがとうございます。
なかなか現実的には実現し得ないほど昔の話にも多くの時間を割いたラジオ中継だったので、これはぜひに!と思った次第です。
大相撲人気が復活しつつある今だからこそ、協会が総力を挙げて足元を見つめ直す良い機会となってほしいですね。

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